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洞窟にて

 洞窟の中は入り組んだ作りになっていて、モンスターの気配はあまり感じられないようだ。ここのダンジョンコアは迷路を作るのが好きらしい。その割に石壁などで整える気がないのは、そういう趣味なのか、何か理由があるのだろうか?


「迷路は苦手っす。アーサー君のお父さーん! どこっすかー!」


 何があるか分からない洞窟の中で大声を出すのは危険な行為だが、ヨハンには危険を察知する特別なギフトがあるので問題はない。つくづく便利な能力を持って生まれたものだ。あれが無かったら十回は死んでいるだろう。


 ギフトといえばエスカの目もとんでもない代物だったな。魔術師であればあらゆる魔術の真理を知ることができる。あのギフトのおかげで人間には知ることができないはずだったダンジョンの秘密も知れた。学者達の立場が無くなりそうだが、あの子は生まれた時から何でも知ることができたから探求心に欠けるところがある。持たざる者には宝の持ち腐れだと思われるかもしれないが、持つ者にしか分からない苦悩があるのだろう。


 そうは言っても、自覚なく魔術の奥義を見せつけてくる彼女には多くの宮廷魔術師が嫉妬し、プライドを打ち砕かれ職を退いた者もいる。天才のミランダが傍にいたおかげで孤立せずに済んでいたが、大人達はハラハラしながら彼女のことを見ていたな。同年代の男の子とは仲良くできなくて、歳の離れたフィストルに懐くようになったが、それが彼女の人生を大きく変えてしまった。


「ここは危険だ! 早く逃げろ!」


 しばらくすると、奥の方から警告の声が聞こえてきた。探している人物だろう。この声を聞いた二人はいきなり走り出したりせず、その場で顔を見合わせた。


「どう? 危なそうなにおいはする?」


「いや、何も感じないっすね。声の主はアーサー君のお父さんみたいっすよ」


 何でもわかるヨハンの鼻は不気味なほどだが、それよりも冷静に状況を判断して危険を探る二人の姿には成長を感じずにはいられない。安全を確認した後も二人はゆっくりと周囲を伺いながら声のした方へと近づいていった。ヨハンの鼻でも察知できない危険の存在を警戒しているのだ。


「今そっちに行くっすよ!」


 最後の曲がり角を前にして、もう一度ヨハンが声をかける。


「危険だって言っただろう。どうしてこっちにくるんだ」


「それはアーサー君に頼まれたからっす!」


 妙に拒絶の言葉を繰り返す声に返事をしながら、ヨハンは角から顔を出した。曲がり角の先には少し大きめの空間があり、天井から淡い光が照らしている。そこの中心部に目的の人物は立っていた。外見は普通の町人の男だ。特に変わった様子もないが、怪しい。即座にヨハンは剣を抜き、シトリンは矢を弓につがえた。


「散々警告したのになぁ……もう手遅れだよ」


 男が俯き、クククと笑い声を上げる。少し間を置いて、ヨハンがシトリンを抱えて横に飛んだ。さっきまで二人の立っていた場所には、赤い色の錐のようなものが地面から突き出している。あのまま立っていたら串刺しになっているところだ。


「ほう、良い動きをするじゃないか」


 男は相変わらず笑いながら右手を頭上に掲げると、パチンと指を鳴らした。次の瞬間、男は漆黒のマントに身を包み赤く充血したような目をヨハン達に向ける。口角を上げて少し歯を見せると、そこには異常に発達した犬歯が牙のような形をして覗いている。


「なにあれ、アーサー君のお父さんはモンスターに寄生でもされたの?」


「いや……あれは間違いなくアーサー君のお父さんっす」


 困惑するシトリンにヨハンが答える。彼には珍しく焦ったような表情だ。


「ただ……いきなり超絶ヤバい臭いになったっす!」


 そう言って光の剣を男に向ける。だが男は余裕の態度を崩さない。


「剣など私には効かんよ。この洞窟にはねぇ、神がいたんだ! 私はあのお方から無敵の力を授かった。もう魚を採って暮らす生活なんかしなくてすむのさ!」


 この男はどうやらダンジョンコアによってモンスターに改造されたらしい。それも、先ほどからの行動と発言内容からして、最強クラスのモンスターであるヴァンパイアになっているようだ。人間のふりをしている時にはヨハンの鼻でも正体を見破れないらしい。これは貴重な情報だな。


 しかし、よりにもよってヴァンパイアか。確かにこいつはドラゴンよりも強力なモンスターだ。通常なら、たった二人の冒険者が立ち向かえる相手ではない。サラディンやミランダのような一流の使い手でも危ない相手だ。しかも次から次へと人間を殺してヴァンパイアに変え、仲間を増やしていくという災害級のモンスターである。どうやらダンジョンコアは全てのリソースをヴァンパイア作成に回したようだな。危うく町が一つ、地図から消えるところだった。


「奥さんと子供はどうするっすか?」


 ヨハンは剣を向けたまま近づいていくが、男は無防備に突っ立っている。なぜならヴァンパイアは剣で斬られてもダメージを受けない。


「もちろん迎えに行くさ。私の大切な家族だ。これからは永遠の時を共に過ごすのさ。偉大なる夜の貴族の一族としてね」


「じゃあ殺すっす。ヨハンアターック!」


 一足飛びで斬りつけられる間合いに入ると、ヨハンは躊躇なく攻撃を繰り出した。なおヨハンアタックなどという技はない。ただの横薙ぎの斬撃だ。


 そして、ヴァンパイアは余裕の笑みを浮かべたままその攻撃を受けてみせるのだった。そりゃあ余裕で攻撃を受けてみせるだろうさ、どんな業物だってヴァンパイアの身体を傷つけることは出来ないのだから。……通常であれば。


 当然ながら、光明神トゥマリクがエルフの英雄に授けた光の剣はヴァンパイアの身体を切断し、その切り口から男の身体が光の粒になって空気中に溶けていった。


「ばっ、馬鹿な! なぜヴァンパイアの身体を斬れる!? お前は一体……」


「通りすがりの勇者っす」


「勇者だと? そんなものが、本当に存在していたなんて……うわあああ、マギラゴース様あああ!!」


「マギラゴース?」


 何者かの名を呼びながら、男は光となって消えた。たぶんダンジョンコアの名前だろう。あれにも個体名があったのだな。また貴重な情報が得られた。


 ヨハンは男が遺していった服の切れ端を拾うと、シトリンを促して出口へと向かった。マギラゴースとやらを倒しにいかないのは冷静な判断だ。いつの間にこんな一流の冒険者に育っていたのだろうか。男の成長は早いものだが、これは嬉しい誤算というところか。


「申し訳ないっす、お父さんはもうモンスターに食べられちゃってたっす」


「いえ、探しに行ってくださってありがとうございました」


「うわあああん、お父さーん!」


 ヨハンは真実を隠したまま男の死を家族に伝えると、シトリンと共にその場を離れた。


「シトリン、このことをギルドに報告した方がいい気がするっす」


「うん、それがいいと思う。確かギルドの支部がソフィーナ帝国にあるはずだから、一度そこまで行きましょう。ユダのことは後回しになっちゃうけど、仕方ないよね」


 マギラゴースはかなり危険な思想の持ち主と推測されるので、一刻も早くギルドを通して各国へ伝えた方がいい。ユダはどうせ……。


◇◆◇


 その後、数日かけてソフィーナ帝国に入国した二人は冒険者ギルドの支部にマギラゴースのことを報告し、そこでユダが捕縛されたことを聞くのだった。

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