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ユダを探す?

 その後はトラブルもなく、船はカーボ共和国の南東にある港町のキシュガルにたどり着いた。ヨハンとシトリンはソクレースの一件以来ブタ達から王侯貴族のような扱いを受け、微妙に居心地の悪い船旅だったようだ。


「やっと着いたっす!」


「さあ、ユダを探しに行きましょう!」


 二人は陸に降りると解放感のためかすぐに走り出した。ユダがどこにいるのかも分からないのに聞き込みをしないで走り出して、いったいどこへ行こうというのか。案の定すぐにテンションの下がった二人は船着き場へと戻ってくる。


「すいませーん、以前ムートンから船でやってきた小太りの中年男性のことを聞きたいんですけどー」


 シトリンが船着き場で検品をしている男性に声をかけた。ヨハンはユダの姿をよく覚えているが、口で説明することができない。男性はエルフのシトリンを見るととたんに目じりを下げた。人間の男性はヨハンやアルベルのような特殊な人物を除けば、エルフを見ると少なからず好意を持つ。森でサフィールに誘惑された冒険者の方が正常なのだ。


「ああ、あの人ね! よく覚えてるよ。首都のモルングに向かうって言ってたね」


 こうしてユダの情報を難なく手に入れた二人は、この男性に教わった通りにモルングへ向かう乗合馬車を探すのだった。大陸の南側は温暖な気候だが、その中でもカーボ共和国は暑いぐらいの気温が一年中続く。二人は道端で売られていた果実のジュースを手に港町を歩いた。


「ユダってカーボ共和国の首都まで行って何がしたいのかしらね?」


「そりゃあ、なんか凄い陰謀で帝国を乗っ取るつもりっすよ! ああいう大臣とかは悪だくみするのが仕事っすからね!」


 クレメンスが聞いたらどんな顔をするだろうか。実にヨハンらしい言い分だが、この件に関してはあながち間違っていない。ユダはカーボ共和国の材木商ブラッドレーを通じて、商人ギルドのギルドマスターでありカーボ共和国の国家運営議長でもあるセドリアンに働きかけをするつもりだ。人間世界に広く影響力を持つ商人ギルドに現皇帝ソフィーナ十四世を非難させ、帝国の世論を操作して退位に持ち込もうという魂胆なのだ。


 まあ、そんな薄っぺらい企みが上手くいくわけがないのだが。


「駄目よアーサー、そんな危ないところに行ってあなたに何かあったら」


「でも母さん、父さんが洞窟に向かってからもう三日になるよ。早く助けに行かないと!」


 のんきに歩いていた二人の前で、急に説明くさい台詞で言い合いを始める親子が現れた。ヨハンが反応しないわけがない。


「どうしたっすか、なんか困りごとっすか?」


 声をかけるヨハンのことを微笑ましく見守るシトリンである。お前達の目的はどうした。まあ、こいつらがユダを見つける必要はまったくないのだが。


「夫はこの町の漁師なのですが、先日町の近くに突然現れた洞窟の様子を見に行ったきり帰ってこないのです」


「だからボクが父さんを探しに行くってば!」


 年齢一桁ぐらいの見た目をしたアーサー君がそう言って歩き出そうとするのを母親が腕を引っ張って止めている。突然現れた洞窟か……ここにも異変が起こっているようだな。ちょうどヨハンとシトリンが探索する気満々なので、住民を救うという大義名分の下にギルドが干渉できそうだ。実に都合が良い。


「分かったっす、俺達がお父さんを探しに行くっすからここで待つっす」


「その洞窟の場所を教えてください。私達こう見えて冒険者ですから、ダンジョン探索は得意なんですよ」


 こんなことを言っているが、エルフのシトリンにとって洞窟は最も苦手な場所だ。いつものようにヨハンが謎の嗅覚でなんとかするだろうけどな。


「お願いします、夫を探してください」


 特に疑う素振りも見せずに二人に任せる親子であった。似たような流れで魔族の罠にかかった過去のあるヨハンだが、あまり成長はしていないらしい。


「そんなわけで洞窟にやってきたっす!」


「思ったよりしっかりとした洞窟なのね。こんな規模のダンジョンが急に現れるってことは、けっこう強力なボスがいるかも」


 ヨハンとシトリンはその日のうちに洞窟までやってきた。本当に町のすぐ近くだ。エスカの調査によるとダンジョンコアなるモンスターが破壊神と取引をしてダンジョンを作成しているらしいが、ここもそうなのだろうか?


「私はトゥマリク様の加護を受けているから、木の無い洞窟内ではあまり力が出ないの」


「さっき得意って言ってなかったっすか?」


 シトリンの告白に、ヨハンが至極もっともなツッコミを入れる。こういう時だけやたらと鋭い意見を言うこの男は、普通の女にはモテないだろう。ベタ惚れのシトリンとくっついておけばいいのだ。


「あれは親子を安心させるためよ。それにいくら力が出ないって言ってもあんな子供よりは戦えるわよ!」


「そうっすか、まあシトリンは後ろにいれば大丈夫っす。俺があの子のお父さんを見つけるっす」


 そして自覚なく男気を見せる勇者である。良くも悪くもヨハンはヨハンだ。シトリンが頬を赤く染めている。お前達はずっと二人でそうしてなさい。


 さて、この洞窟にはどんな秘密があるのかな?

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