道中は特にトラブルもなく、目標となるケストブルクの門前にやってきました。ハイネシアンの軍はエルフの森に進軍中なので、前に見た時より警備が手薄に見えますね。いずれにせよこの中に徒歩で入っていくことはないので関係ありませんが。
「それではここから城の地下牢へ移動します。お二人はここでお待ちください」
私が転移を行うための目印役としてついてきてもらったユウホウさんとアルスリアさんは、既に帰りで乗る馬車を用意しています。御者は以前も協力してくれた方です。
「作戦時間は1分間。何が起ころうとも必ず1分後にはマスターがここに戻ってくるので、すぐに出発してくれ」
「任せてくださいよ、旦那」
サラディンさんの説明に御者さんが笑顔で応えます。協力的な現地人がいると助かりますね。
私はゲンザブロウさんとサラディンさんに目配せをして確認をし、転移の魔術を発動しました。
『テレポート!』
一瞬視界が暗転すると、すぐに別の風景が映し出されます。そこには、ベッドの上に座って目を閉じている忍者がいました。
「コタロウさん!」
「すぐ鍵をあけます。マスターは下がっていてください」
相変わらずの冷静な声。すぐに解錠を始めるコタロウさんの姿にホッとしました。
「あなたは!?」
「待ってろぉ、すぐ鍵を開けるぞぉ」
隣の部屋からロランさんとゲンザブロウさんの声が聞こえます。あちらも始めたようですね。当然ながらロランさんは事情を知らないので、いきなり現れたゲンザブロウさんに恐怖を覚えているかもしれません。
そして、牢の外に飛んできたサラディンさんは――
「なんだお前は! どこからやってきた?」
入口の方から声が聞こえます。やはり見張りに見つかったようですが、声の主を見るとカリオストロでもイーリエルでもなく、二人に調子の良いことを言っていたあのおじさんです。他に兵士はおらず、どうやら一人で見張っていたようですね。サラディンさんが剣を構えました。
「イーリエル将軍もカリオストロ将軍も不在の間にやってきたのは賢明な判断だ。だが、私がいたのは不運だったな!」
どうやらあの化け物二人はいないようですね。でもこの弱そうな(失礼!)おじさんがやたらと強気なのが気になります。
サラディンさんは声を出さず、その場で剣を構えて動きません。あくまで時間稼ぎが目的ですから、わざわざこちらから向かっていくこともないのでしょう。
「くくく、私を甘く見るなよ。変身!」
変身!?
無言で鍵をいじるコタロウさんの後ろから見ていると、おじさんの身体が徐々に大きくなっていきます。サラディンさんは動きません。
「鍵、開いたすよ」
するとコタロウさんの声が。
「開いたぞぉ!」
ゲンザブロウさんも隣の牢を開けたようです。すぐにここから出て全員合流し、転移で逃げれば任務完了です。おじさんはまだ膨らんでいます。ちょっと何になるのか気になりますが、厄介なことになる前に逃げ出した方がいいでしょう。
「逃げますよ!」
私が合図をし、牢内の全員が外に出たところで、敵の準備が整ったようです。
「逃がすものか!」
サラディンさんに向かって巨大な爪が振り下ろされます。あれは……竜の爪! サラディンさんが剣で払いながら後退すると、避けられた爪はそのまま床を抉り、轟音と共に足元から振動を伝えてきました。盛大に吹きあがった土埃の向こうに姿を現したのは、まぎれもなく一匹のドラゴン。こんなところに上位モンスターがいるとは、さすがハイネシアン帝国です。何のために冴えないおじさんの姿でブタにお世辞を言っていたのかは分かりませんが。
『フハハハハ、かの暗黒獄炎竜ガイザードのひ孫、お米大好きカイル君とは我のことだ!』
なんですかそれ、聞いたことない! いや、先祖と二つ名の差がありすぎじゃないですか? なんでそんなに自慢げなんですか!?
「お米!?」
なに反応してるんですかコタロウさん! もういいから逃げますよ。アホっぽくても相手はドラゴンです。戦ってる場合じゃありません。
「ドラゴンにはこれだぁ!」
隣の牢から出てきたゲンザブロウさんが何かを投げつけると、それはドラゴンの鼻先で弾けて煙のようなものをまき散らしました。
『なんだこれは……ハ、ハ、ハックション!』
「どうだぁ、これで火は吹けねぇだろぉ!」
そうなんですか!? 意外なドラゴンの弱点を知ってしまいました。
「さあ、逃げるぞ」
くしゃみを連発するドラゴンから離れたサラディンさんが駆け寄ってくると、私が魔術を使います。
『テレポート!』
また一瞬視界が暗転し、馬車の停車場に戻ってきました。
「お帰り、上手くいったみたいだね」
待っていたユウホウさんが帰ってきた面子を見てホッとした様子で言います。
「さあ、馬車の中へ。すぐに離れましょう」
アルスリアさんの誘導に従い馬車に乗ると、御者さんがすぐに出発してくれました。ああ、疲れた。これだけの大人数を連れて転移するのはかなり大変ですね。ドラゴンにはちょっとびっくりしましたが、イーリエルがいなくて良かったです。
「あ、ありがとうございます。お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
馬車が走り出し、落ち着いた車内でロランさんがゲンザブロウさんに話しかけました。まあ確かに牢屋から救ったのはゲンザブロウさんですが、なんでしょう。妙に熱のこもった視線を向けています。こう言ってはなんですが、貧相なおじさんですよ?
「俺は怪盗ゲンザブロウだぁ。世界の宝は俺のものさぁ!」
またわけのわからないことを言うゲンザブロウさんですが、ロランさんはキラキラと輝く目で見つめています。ええーっと……?
「凄いですね! 私はロランと言います。ずっと閉じ込められていたから世界のことを何も知らなくて……良かったら色々と教えてもらえますか?」
「おう、何でも教えてやるぜぇ!」
なんだか盛り上がる二人と、それを見て困惑した視線をお互いに合わせる他のメンバー。作戦は上手くいったのに、なんだかもやもやした気持ちのまま帰途につくのでした。