ドラックステッドの町に来ました。ここは他の多くの都市と同じで、町の周りを頑丈な城壁が覆っています。モンスター対策などではありません。他の都市から攻め込まれることを防ぐための防壁です。
人間はこの世界のほんの一部しか支配していないのに、人口はどんどん増えていきます。だから開拓して各国が領地を増やしにかかっているのですが、エルフが支配する危険な森を切り拓いていくのは大変です。そうなると、人間は領土内で自分達の取り分を争って戦闘までしてしまうというわけです。この町は近くにアレジオンセス、カルムゴーンといった都市があるので特に城壁が頑丈です。それは他の二つの町にも言えるのですが。
ではこの三都市は仲が悪いのかというと、そんなことはありません。頻繁に三都市会議を開いて恵みの森における狩猟や採集の分担を決めていますし、モンスターの脅威に対しては力を合わせて対抗します。そう、今回のように。
「それじゃあ、樹精について情報を集めてみよう」
「どこで情報を集めるの?」
入門手続きを終えて意気揚々と町に入る先輩に、特に含みもなく質問しました。こういう時ってどんなところで情報を集めるのでしょう? 私は人生のほとんどを宮廷で過ごしているので、この手の常識ってあんまり詳しくないんですよね。
「え? それは……うーん」
先輩が悩みだします。どうやら当てもなく言っていたみたいですね、先輩らしいです。いっつもその場のノリで後先考えずに行動するんですから。
「酒場だ。行商人や傭兵は酒場に集まって情報交換をするんだ。昼は普通の食事を提供している食堂になっているから、若いお嬢さんでも安心して入れるだろう」
サラディンさん(みんながそう呼んでいるそうなので私も呼びます)がおすすめの情報収集場所を教えてくれました。女性への気づかいもできるところはさすがの有能さんです。私はお酒も飲めますけどね!
「よし、酒場に行こう!」
すぐに元気よく先輩が歩き出したので、私達も一緒に向かいます。さすがに酒場の位置が分からないというようなお間抜けはしません、というか先輩はどんな場所でも絶対に道に迷わないですからね。かなり凄い能力ですが、ギフトではないそうです。
歩きながらドラックステッドの街並みを見ていくと、なんとも武骨なデザインの家が多いですね。全体的に四角いというか、飾り気がないというか……道行く人々の表情はドライアドに困っているからか、それとも元々なのか、無表情で足早に進んでいます。楽しそうではないですね。
酒場――昼なので食堂ですが――はそんな街の中でも外から分かるぐらいに賑わっていました。なるほど、こういうところなら情報が集まりそうですね。ただ食事をしているだけでも噂話が沢山聞けそうです。
「ギルドと酒場を一体化するっていうのはどうかな?」
どうかなと言われても困るのですが。先輩は冒険者ギルドと酒場を一緒にしたいようです。
「狙いは分かるけど、経営が大変にならない?」
「いい案だと思う。酒場の管理運営は専門の人間を雇えば問題ないだろう」
慎重な意見を言う私と対照的にサラディンさんは賛成のようです。まあ、ギルドを作る人が考えるべきことですからね。先輩がやりたいならそれでいいんじゃないですかね。
酒場での情報収集の結果、ドライアドは森の入り口付近に陣取っているようです。
「樹精は近づく人間を捕まえて森の外に放り出すらしい。傷つけるつもりがないなら、話し合いが出来るかもしれないね」
自分の縄張りを持ち、近づく人間を攻撃するモンスターは少なくないですが、傷つけないように捕まえて外に追いやるというのは珍しいですね。ネーティアのエルフよりもずっと温厚な相手のようです。
「アレジオンセスとカルムゴーンにも行ってみる?」
「いや、このまま樹精の縄張りに入ってみよう。一度会話が出来るか試してから対応を考えたい」
先輩は話し合い路線で問題を解決しようとしているようです。サラディンさんは何も言いませんが、私は彼がアーデンで言ったことを忘れてませんよ?
傭兵が宮廷魔術師の力を必要とする場面というのは、往々にして強敵との戦闘を想定しているものです。サラディンさんはドライアドを倒す必要があると考えているはず。なのに先輩の言葉に何も言わないのはどういうことでしょう?
「エスカ、恵みの森に行くよ」
おっと、考え込んでいたら二人がもう都市の外に出ようとしています。とりあえず私は二人がそれぞれ何をしようとしているのか見物させてもらいましょう。先輩とサラディンさんがドライアド程度に後れを取ることなんて考えられませんしね。
……ん? 何かが引っかかります。はっきりとは分かりませんが、自分の考えにわずかな違和感を覚えました。
首を傾げる私に気付く様子もなくやる気満々の二人は入り口近くにある車庫へと足を進めています。徒歩で行くにはちょっと遠いので、馬車を借りて恵みの森に向かうのです。
私達三人はドラックステッドにほとんど滞在せず、慌ただしく恵みの森へと出発したのでした。