「この世界にはいくつも人間の国があるけど、全ての国で自由に活動している組織があるのは知ってるかい?」
「もちろん。商人ギルドでしょ? 人間世界全ての流通を一手に引き受け、経済を掌握して世界を裏から支えている実質的な人間世界の覇者」
急に先輩から質問されて、私は得意気に答えてみせました。商人ギルドはその名の通り商人達の職業組合なのですが、各国に点在する都市の間を行き来して交易をしている行商人を取りまとめているため、非常に多くの都市においてその存在が生命線となっているのです。
そして、多くの都市は隣の都市と離れていることもあって独立志向が強く、各国の王や皇帝もそれらの動向に気を配りながら政治を行っています。反乱を起こされては困りますからね。強圧的で有名な北のハイネシアン帝国すら、都市同士で手を組んだいくつかの都市同盟には配慮せざるを得ないほどなのです。
結果として、それらの都市・都市同盟の生命線となっている商人ギルドを敵に回すことはどこの国も不可能となっています。
「そう、商人ギルドの意向にはどの国も逆らえない。もちろん商人ギルドも大っぴらに政治的な要求をしたりはしないけどね。僕はね、商人ギルドのような組織を開拓技能者――冒険者で作りたいと思っているんだ。いわば冒険者ギルドだね」
冒険者ギルド。未知の領域を開拓する冒険者達の相互扶助を目的とする職業組合。確かに、開拓事業は国力に直結する最重要事業なので、それを一つの組織が独占してしまえば、商人ギルドに匹敵する存在感を示すことは可能でしょう。
「それって、各国に睨まれて危険じゃない? フィスせんぱいは荒事が得意じゃないでしょ」
そう、商人ギルドという前例があるだけに各国ともそのような職業組合が作られることには難色を示すでしょう。先輩は補助的な魔法の研究ばかりしているので宮廷魔術師に求められる戦闘力はほとんどありません。
「ははは、確かに僕はエスカみたいな強面ではないからね」
「だっ、誰がコワモテよ!」
失礼な!
私はそんなに武闘派じゃないですよ……たぶん。ちょっと先輩やミラさんを黒焦げにしたぐらいで……いや、違うんですよ。ミラさんが私のお気に入りの椅子を間違って燃やしたから、たまたま近くにいた先輩を巻き込んで怒りをぶつけてしまっただけで……。
話を変えましょう。
「それに、組合となれば人数がいないと認められないでしょ? 冒険者の当てはあるの?」
すると、先輩はパッと表情を明るくして待ってましたとばかりに答えました。これは珍しい、かなり自信ありげです。
「実は、凄く腕が良くて人格者の傭兵がこのアーデンに来ているんだ」
傭兵ですか。そういえば有名な傭兵を開拓事業のために王国で雇い入れたと聞きました。先輩はその人をギルドのメンバーにしようとしているのでしょうか?
「傭兵は雇われれば開拓にも行くけど、冒険者にはならないんじゃないの?」
「いや、冒険者ギルドがやることを具体的に考えたら、傭兵を斡旋するのとほとんど変わらないって気付いたんだ。斡旋するのが戦闘員だけじゃなく技術者もいるってだけで」
そう言って先輩が説明する冒険者ギルドの役割は、確かに傭兵と変わらないものでした。だからといって凄腕の傭兵がギルドに参加してくれるとは限らないと思うのですが。
「とにかく、説得してみるよ。彼が加わってくれれば、クレメンス閣下も認めてくれるはず」
どうやら先輩の目的は宰相閣下に許可を貰うことのようです。まあ、宰相の許認可さえあれば人はいくらでも集まるでしょうからね。説得は上手くいくのでしょうか?
「君の覚悟を見せて欲しい」
噂の傭兵、サラーフ・アッディーンさんは人格者というだけあって真面目に先輩の話を聞いてくれました。その上で、協力する条件として先輩の覚悟のほどを見せろと言ってきます。第一印象は、背が高くて表情を変えずに話すのでちょっと怖いです。
「どうすれば?」
覚悟を見せろと言われても、具体的に何をすればいいのか分かりませんよね。先輩が尋ねると、彼は無表情のまま答えました。
「恵みの森の北にドラックステッド、アレジオンセス、カルムゴーンという三つの都市があるのだが、現在その三つの都市は恵みの森北部に現れた
ドライアドは長く生きた木が変化した精霊です。髪の長い美女で、基本的に友好的なのですが、敵とみなした相手には容赦しないという性格を持ちます。あと美男子を見ると誘惑して捕まえてしまうそうですが……先輩は大丈夫でしょう。戦闘力はかなり高いので力ずくの解決はおすすめできません。
「樹精が収穫の邪魔をするなんて、何か問題が起こっているのかもしれないね。とりあえずドラックステッドで情報を集めて、実際に樹精と話をしてみよう」
即断即決で出発を決めた先輩に、私とサラーフさんもついていきます。傭兵の仕事は大丈夫なのでしょうか?
「実はこの問題を解決するためアレジオンセスに呼ばれたのだが、宮廷魔術師の協力が必要と判断したのでアーデンにやってきたんだ」
要するに彼の仕事を手伝って終わらせれば、フリーになったサラーフさんが手伝ってくれるという話ですね。無駄がなくて分かりやすい取引です。腕自慢なのに人を頼ることにためらいがないのも、任務遂行を優先するプロらしくて好印象です。さすが評判がいいだけありますね。
私は先生に先輩の手伝いを頼まれたという名目で同行を申し出たのですが、実はちょっと遠くまで遊びに行きたかっただけなのは内緒です。