「冒険者ギルドって本当に素晴らしいですよね。今まで国や貴族が直接技能者を雇って行っていた開拓事業を、組織として請け負う形にしてしまったのですから。冒険者も不当な扱いを受けずに済むし、国や貴族も確かな結果が期待出来ます。マスターは人類の歴史に革命を起こした偉人として後世まで語り継がれるでしょう」
ソフィアさんが突然こんなことを言い出しました。ご自身も巨大な帝国を統べる皇帝ですから、スケールの大きい話をよくします。おかげで身分を隠していた時は一応一般人の演技をしていたらしいことが分かってきました。
「夢は大きく持っていますけどね、そんなに凄いことはしていませんよ。商人ギルドの後追いみたいなものですし、冒険者ギルドを考案したのは私ではありませんから」
そうです。私は先輩がやろうとしていたことを引き継いだだけ。冒険者ギルドの存在が人類史に革命を起こしたとすれば、その立役者は私ではなく先輩の方です。
「そうなのですか? ではどなたが考案したのです?」
当然、聞かれますよね。私はこうやって先輩の凄さを広めることで、フィストル・アグロゾフという名前を人々の記憶に残していくつもりです。多くの人が彼のことを知れば、本人を見つけるのにも役立つはずです。
「あ、ソフィア――」
ミラさんが私に気を遣って話を止めようとしてくれましたが、私がそれを手で制しました。ミラさんやサラディンさんは誤解していますが、私は過去の出来事や先輩の現状を悲観的に捉えてはいませんからね。
「それではお話しましょう。私がこのギルドをフィス先輩――フィストル・アグロゾフという人から受け継いだ
◇◆◇
私には、生まれた時から魔法の素質が強く現れていたそうです。一部の特別な人間だけが持つ奇跡の能力、ギフトを持って生まれたこともあり、当時の国王が私の両親に莫大なお金を渡して将来宮廷魔術師として働くことを約束させました。一種の身売りですね。
そんなわけで、平民の家に生まれた私は、幼い頃から宮廷で魔術の教育を受けて育ちました。
私の教育を担当したのは宮廷魔術師長であるサリエリ先生です。今でも現役で多くの魔術師を育てている、フォンデール王国で最高位の魔術師の先生なのですが、とても優しくユーモアにあふれた方です。ミラさんが魔法を暴走させた時なんか、あの爆発的な炎を片手で軽く抑え込んで「ちょうど良い火種が手に入ったから、ケーキでも焼こうか」なんて言って微笑んだり。
おっと、話がそれてしまいました。そのサリエリ先生の教え子で、私の先輩に当たる十一歳年上の男性が冒険者ギルドを考案したフィストル・アグロゾフさんなのです。
それだけ歳が離れているので、幼い私はフィス先輩のことを兄のように慕っていました。
「フィスせんぱい! 何の魔法を作ってるの?」
先輩はいつも変わった魔法の研究をしています。最初は先輩のことを「おにいちゃん」と呼んでいたんですが、その呼び方は良くないから先輩と呼ぶようにと言われてしまいました。兄妹でもないのに兄呼ばわりは確かに適切ではなかったですね。でも私にとっては本当に兄のような存在なのです。もう宮廷に来てから十年が過ぎ、私は宮廷魔術師のみんなを家族のように思っているのですから。
「これは離れた場所を見る魔法だよ」
「覗き?」
「ち、違うから! ダンジョンの中とか森の奥を調べるのに使う魔法だよ!」
先輩は開拓に熱心で、国王からもとても期待されています。でも研究ばかりしているせいか、もう三十歳になるのにまだ独り身です。もうちょっと研究以外にも目を向けたらいいのに。先輩は珍しいエメラルドグリーンの髪が目を引く長身の男性で、見るからに優しそうな目をしているし女の子とも気さくに話したりするので、少なくともモテないということはないはずなのですが。まあ、環境が悪いんでしょうね、私やミラさんも恋人ができたことがないし。
「ほらフィストル、ここの術式にミスがある。それでは壁の向こうを透視できないぞ。……開拓の支援に熱心なのはいいが、宮廷魔術師の本分を忘れるなよ」
そんな先輩にサリエリ先生はよく助言をしながらも忠告をしています。先生も彼を心配しているみたいですね。先生が言うには、宮廷魔術師はその知識と魔法の技術を使って王の治世を補助するためにいるのであって、開拓の技術は開拓技能者が磨くべきものであるとのことです。
ところで、壁の向こうを透視する術式をサラリと出してくるサリエリ先生がその技術を何に使っているのか気になります。
「見えないところで悪さをする者は後を絶たないのだよ」
ひえっ、まるで私の心を読んだかのように疑問に答えてくるサリエリ先生は悪戯っぽい笑みを浮かべてグレーの瞳を向けてきました。もう結構な年齢だと思うのだけど、黒々とした髪を撫でつけた
「君達のような若者に囲まれて元気を貰っているからね」
サリエリ先生は面倒見がいいので若い魔術師達から慕われています。でも心の声と会話するのはやめてください。
「はっはっは」
そんな会話(?)をしていると、先輩のことを呼ぶ声が。
「アグロゾフ君、ちょっといいかね?」
「はい、今行きます!」
宰相のクレメンスさんが先輩をどこかへ連れていきました。サリエリ先生が渋い顔をしています。たぶん開拓事業の手伝いを頼むのでしょう。
「エスカ、君は特別な才能の持ち主だ。どうかフィストルの力になってやってくれ」
「あれ? 先生はフィス先輩の研究には反対なんじゃ」
「忠告されたぐらいで人は夢を捨てたりはしないさ。あいつは大きな夢ばかりを見て、現実の足元が見えていない。誰かが支えてやらないとな」
私には先生の言っていることがよく分からないのですが、先輩の力になれることがあるなら、何でもやりたいと思います。
「女の子が何でもやるなんて言ってはいけないぞ」
「だから心を読まないでください!」
しばらくして、先輩は例の魔法を完成させたそうです。
「ついにやったよ! これで開拓技能者が無理に危険な場所に入っていかなくても地図が作れる」
「地図を作るの? 測地学者がやる仕事なんじゃ」
「もちろん開拓した後の土地はそういった人達が地図を作るよ。でも開拓する時には周囲の地図を作りながら進むのが大切になる。特にダンジョンの開拓なんかは地図を作らないと罠や迷路で命を落とす危険性が高まるんだ」
先輩は目を輝かせながら地図の重要性を説明してくれます。大切なのはよく分かるのですが、なぜ先輩はそれを魔法で実現することにこだわっているのでしょう?
「フィスせんぱいは開拓技能者の手伝いをするのが生きがいなんだね」
私が何気なく感想を言うと、先輩は微笑んでこちらに顔を向けました。
「うーん、ちょっと違うかな。僕はね、開拓事業の在り方そのものに疑問を持っているんだ」
そうして先輩は自分の内に秘めた夢を語ってくれました。今は各国が連携を取らずに独自に技能者を雇って開拓を進めている。その過程で発見した成果は開拓した国のものになるから、お互いに足を引っ張りあって開拓がなかなか進まないんだそうです。
その上、開拓した土地に住んでいた異種族は開拓した国が奴隷として所有することになっています。
「奴隷の扱いは国によって様々でね。このフォンデール王国では低賃金労働者という程度の扱いだけど、北のハイネシアン帝国なんかでは完全にモノ扱い。酷い虐待を受けている者も少なくないらしい。だから、そういうことが無くなるような世の中を作っていきたいと思っているんだ」
なかなか壮大な夢です。現在の人類社会を支えているのは開拓によって得られた物資と奴隷の労働力ですから、それを無くすというのは並大抵の事ではありません。
「もちろん、いきなりそんなことが出来るとは思わない。物事は段階を経てやっていかないと。まずは開拓技能者の立場から変えていければと思ってるんだ」
先輩によると各国の王や貴族がバラバラに雇っている現状では必要な技能を持ったメンバーが揃わずに上手く成果が出なかったりモンスターに襲われて死んでしまったりすることが多いそうです。それをまず変えるために、開拓技能者が徒党を組む必要があると言います。
「呼び名も開拓技能者から変えたいんだ。今の呼び名は身分ではなくて技能を持っている人という意味合いでしかないからね」
先輩は彼等に共通した職業名を名乗ってもらおうと言いました。そう――冒険者と。