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依頼と指令

 初日はヨハンさん以外では前から開拓に携わっていた方々が二十人ほど登録しました。これだけいれば冒険者ギルドのメイン事業の一つ、依頼の仲介も問題なく始められそうです。


 開拓事業は各国が早い者勝ちという形で競っているので、開拓地への入植 (開拓した土地へ移り住むこと)はあまり進んでいないんですよね。とにかく拠点となる場所――港や水場――を確保して、警備兵を配置。申し訳程度の陣地を作ってまた更なる奥地へ人を送る。といった具合なので、開拓地は道もろくに整備されていないし、家を建てたり畑を耕したりするのも一苦労。


 生活に必要な物をなんでも自分で揃えるのは大変ですし、モンスターと呼ばれる未知の生物がうろついていたりもします。このモンスターを調査して情報をまとめるのも開拓者の仕事です。学者という職業があるのはそのためですね。


 そんなわけで、入植者が生活基盤を整えるために、冒険者が彼等の要求に応える必要があるわけです。他にも開拓地で見つかる珍しい物や貴重な物を貴族が欲しがったりするので、それを持ち帰る仕事を任されたりもします。


 そういった依頼の数々を、冒険者が自分で依頼人から引き受けて回るというのは、非常に無駄が多いんですよね。だから、ギルドが一手に引き受けて登録している冒険者に斡旋するのです。


「ヨハンさんにはこれなんかどうでしょう?」


 私が彼に提示したのは、小麦粉の運搬。入植先でちょっとしたトラブルがあって、急に小麦粉が足りなくなったそうです。


「ええーっ、俺は戦士っすよ? 物運びなんて勇者っぽくないっす」


 何が勇者っぽいのかはさておき、運搬の依頼が不服なようです。初心者にはこのぐらいの依頼がちょうどいいと思うんですけどね。急な依頼だから報酬もかなりお得なのに。


「何が不満なのよ。ちょっと荷物を運ぶだけで50デントも貰えるなんて、最高じゃない」


 酒場の給仕さん達に指示を出していたミラさんが、話を聞きつけてやってきました。そうですよね、50デントあれば一週間は暮らしていけます。往復でも一日かからない距離の運搬でこれは、町で労働者を募ったら応募が殺到しますよ?


「報酬の問題じゃないんすよ。運搬なんて地味な仕事、カッコよくないっす」


 仕事の選り好みを出来る立場ではないと思うのですが……彼が求めるような依頼もありますが、とても今のヨハンさんにはお願いできません。


「モンスター退治やダンジョン探索のような高度な依頼は、簡単な依頼をこなして功績ポイントを一定以上貯めないと受けることができないのだ。今は下積み期間だと思って地味な仕事をやりなさい」


 早くも森の狼退治を終えて帰ってきたサラディンさんが助け船を出してくれました。功績ポイントですか、いいシステムですね。


「なんすかそれ、そんなの聞いてないっすよ?」


 そうですね、私も今聞きました。でもたった今から公式システムになったのでポイントを貯めなくてはいけません。こっそり魔法をかけて、魔法書庫が依頼の難易度と緊急性からポイントを算出してくれるように変更します。


 クレメンスさんから提案された冒険者ランクシステムとも親和性が高くて、ちょうどいいですね。さすがサラディンさんです。


「これは緊急の依頼なので、報酬だけでなく功績ポイントも高いですよ。楽してランクを上げるチャンスです!」


「そ、そうっすか。ならやろうかな!」


 ヨハンさんはちょっと嬉しそうに依頼を受けました。彼の扱い方が分かってきましたね。


「ところで、剣の腕はどうなの?」


 依頼を受けて出ていくヨハンさんの背中を見送り、ミラさんがサラディンさんに聞きました。


「筋は悪くない。生き残っていれば数年後には一人前の剣士になれるだろう」


 数年後ですかー。あの調子で生きていられるか疑問ですが、一人前になってくれることを祈りましょう。


「で、だ」


 突然サラディンさんが身体を反転させて私と向き合いました。何を聞かれるのかは分かっていますが。


「トラブルの話ですか?」


「ああ……知能の高いモンスターが出たのか」


 さすがの洞察力です。主食である小麦粉が急に足りなくなるということは、入植者の食糧庫が何らかの被害にあったということ。災害なら工芸者の出番ですし、人間による略奪なら軍の出番です。


「依頼とは別に、国からの指令が出ました。襲撃者はボガート。悪さをする小さな妖精ですが、ゴブリンと違って目的は食糧のみなので、襲われた人達に怪我はないそうです。それでも食糧を奪われてはやっていけないので、討伐せよと。最低三人のパーティーで、戦士と魔術師を含む」


 指令は国がギルドに出します。受注の手続きなどはなく、指令を達成したら国からギルドに報酬が支払われます。誰でも指令を実行することはできますが、誰に指令を伝えるかの判断はギルドで行います。


「なら、ちょうど貴重な学者の手が空いてるから私とサラディンが同行して討伐と研究を一気にやりましょ」


 ミラさんがそう言って、少し長めの茶髪を肩で結び、眼鏡をかけ、白衣に身を包んだ学者のコウメイさんを酒場から引っ張ってきました。お酒を飲んでいたのでは……?


「はい、分かりました。すぐに準備します」


 コウメイさんは急に呼ばれて不機嫌になるどころか、嬉しそうに荷物を取りにいきました。依頼を終えたばかりのサラディンさんもやる気満々です。


「お願いします」


 この三人なら大丈夫なのですが、少々過剰戦力な気がしなくもないです。このぐらいの指令を安心して任せられる冒険者が増えてくれればいいのですが……まずは実績を積み上げて、冒険者ギルドの存在をアピールしていかないといけませんね。


 私は一人、名簿を眺めるのでした。

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