冒険者登録の受付を開始したわけですが、当然ただそれだけで冒険者がギルドに登録しにやってくるなんてことはありませんね。貴族や町の住民から依頼を受けたり、国からの指令を周知したりする機能はもう準備しているのですが、それは明日からです。いきなり全ての機能を回すのは無理がありますからね。
本当ならもっと登録冒険者の教育や準備の期間が欲しいのですが、開拓事業は各国が競って行っている状況なので一日も早く開始して欲しいという国の要望があるんです。それでもいきなりは無理だからと一日だけ猶予期間を貰いました。
とはいえ、開拓自体は以前から始まっているので、既に開拓者として認知されている国内の技術者には呼びかけが終わっています。一段落したらギルドで登録をしてもらえるように彼等のパトロンになっている貴族を通じて話を通してあるのです。まったくの初心者がいきなり扉を開けてやってくるなんて、そんな特殊事情の人物に期待してはいけません。
「そういえば、使えそうな奴隷を引き取って専属の冒険者にする案はどうなったの?」
ミラさんが飲み終わったグラスを洗いながら聞いてきました。奴隷というのは、ほぼ無料同然の賃金で単純労働をする代わりに衣食住の提供を受ける、労働者階層の下働きのような存在です。雇い主が酷い人だと迫害される奴隷もいるのですが、大抵は貴重な労働力として重宝されているようです。多くは何らかの理由で両親を失った孤児だったり、開拓した場所に住んでいた異種族です。
実は先輩が冒険者ギルドを作ろうとした理由の一つに、異種族の奴隷化を抑制したいという狙いもありました。開拓した場所の財産は開拓した国のものになるので、国家を超えた組織が開拓を取り仕切ってしまえば異種族を従属させることにも口を出せますし、冒険者として登録してしまえば一定の地位や収入も得られるというわけです。そのためには冒険者ギルドが商人ギルド並みに大きくならないといけないのですが。
「はかばかしくないですね。奴隷は労働力ですから、その中でも冒険者として役立ちそうな人なんてそれこそ雇い主が手放すはずがありませんよ」
「それもそうね」
そんな話をしていると、冒険者ギルドの扉が開きました。入ってきたのは年齢的に十代半ばといったところでしょうか、かなり若い男の子ですね。服は貫頭衣に丈の短いズボンというごく普通の一般人スタイルですが、何故か兜を被り胸当てを付けています。何と戦うつもりでしょうか? 兜から覗く髪は金髪で、目が青いのでよくいるフォンデール人のようです。
「すいませーん、ここに来たら冒険できるって聞いたんですけどー」
はい、特殊な人が来ました。冒険というものに憧れる若者ですね。こういう人も求めているのですが、技能面で期待できそうなものがないので即戦力が欲しい状況では残念ながらあまり頼れる人材ではありません。
「はい、冒険者登録をご希望ですね? こちらへどうぞ」
それでも貴重な冒険者希望です。笑顔で受付へ案内すると、サラディンさんが彼に話しかけました。
「君はどのような技能で開拓に参加するつもりかね?」
ちょっと怖いです。決して怒っているわけではないと分かっているのですが、見た目と声の威圧感が凄いです。これでは少年もすくみ上って……?
「俺っすかー? なんか適当にダンジョンとか探検してモンスターを退治して財宝見つけて女の子にモテモテみたいな」
彼は平然と言い放ちました。なんというか、凄い度胸なのか何も考えていないのか判断に困ります。サラディンさんは表情を変えずに続けました。
「それなら戦闘要員になるな。使う武器は?」
「剣っすねー。物語の英雄とかって大体剣を使ってるじゃないっすか。やっぱカッコイイっすからねー」
大丈夫でしょうか? 剣の素養があるようには見えないのですが。兜と胸当てはあるけど剣は持っていないですし。
「そうか、ならば私が見よう」
サラディンさんが彼に剣の使い方を教えるみたいです。本当に大丈夫でしょうか?
「なるほど、冒険者って言っても技能は様々だし、一つの技能だけじゃ開拓はできないわね。この人はこんな技能が使えますっていう情報が他の冒険者からも分かるようにした方がいいんじゃない?」
二人のやり取りを聞いていたミラさんが、私に提案してきました。確かに、その人がどんな技能を持っているかは魔法書庫に記録されますが、協力する仲間を探す上でお互いにすぐ分かる方が便利ですよね。
「ふむ、軍隊では職種というものがあって、役割ごとに決められた職種がある。軽装歩兵・重装歩兵・戦車・補給・軍医といった具合に。冒険者にも職種のようなものを定めたらいいのではないか」
「いいっすねー、じゃあ俺は勇者で!」
勇者って……それは称号のようなものですよね?
「そんな技能はありませんよ! 剣で戦うなら剣士でしょうか……いえ、あまり細分化しても大変なので、基本となるいくつかの職種を決めて、その上で更に得意技能ごとに分けるようにしましょう」
戦闘要員は戦士でまとめて、その中で剣使い槍使い弓使いなどの分類をした方が、他に類を見ない特技を持った人にも対応しやすそうです。
「じゃあ役割と特技で分けたら? 役割を
「いいですね! それでは最初は
盗賊が職業にあるのはちょっと変な感じもしますが、これまでの開拓事業で様々な仕掛けを解除したり逆に罠を仕掛けたりする人達が活躍していて、元盗賊の人が多かったために『盗賊』という名称で開拓に必要不可欠な技能者として定着してしまっているのです。今では一度も犯罪に手を出したことのない盗賊の方が多いほどになっています。
「それでは冒険者登録をします……お名前を教えていただけますか?」
ここにきてやっとこの少年の名前を聞きます。最初に聞いておけばよかったですね。
「俺はヨハンっす」
名前だけですね。これは別に珍しいことでもなく、本当にファミリーネームのない人や、あるけど使わないから忘れてしまったり知らなかったりする人が多いのです。中には隠している人もいますが。
「はい、それではヨハンさんは戦士で、技能は剣使いということで」
「技能はなんかもっとカッコイイ感じにならないっすか? ソードマスターとか」
ソードマスターって、まだ剣を使ったこともなさそうなんですが。
「それは剣技を極めてから名乗るべきだろう。技能にもランク分けのようなものを作ったらどうだ?」
そうですね、その方がヨハンさんのような人はやる気が出るかもしれません。
「じゃあ剣使いから始めて高い技能をギルドが認定したらソードマスターみたいな技能を名乗れるようにしましょう」
「いいっすね!」
こうして、最初の登録冒険者ヨハンさんは戦士クラスの剣使いになったのでした。サラディンさんの指導力に期待しましょう。