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第38話 父、ガメツい

 次の日、伯爵様がやってきた。

 バトレット嬢には挨拶のみ。驚かないのかね、こんなところで会ったのに。

 バトレット嬢は果敢に伯爵様に挑んでいったが、華麗にスルーされている。

 伯爵様はわたしを呼び寄せ、話があると言う。院長先生も一緒だそうだ。

 もしかして、養女の件だろうか?


 伯爵様は院長先生に、まだ返事はもらっていないけれど、わたしに養女になってくれないかと話しているところだと告げた。

 そして向き直り、そのことと一緒に考えて欲しいことがあるので、この話をすると前置きした。


「メイは、元の名前を取り返さなくていいのかい?」


 わたしは頷いた。

 先生も驚いていないから、わたしが貴族だったことは伝えられていたんだろう。


「覚えていてくれ。私には君が望むなら、元の名前の主人として就かせることもできる。でも本気で名前を捨てるなら、戸籍を作る必要がある」


 現在のメアリドール・メロネーゼはというと、わたしがいないのはひたすら隠されていることらしい。

 その状態でわたしを伯爵様が養女にし、いずれメロネーゼ家の子だとわかると、取り返そうとするかもしれないという。そんなことは天地がひっくり返ってもないと思ったが、もしわたしが大金持ちになっていたら、そんなことを言い出すかもしれないと言われ、伯爵様の話に納得する。

 それで、わたしはそのメアリドール・メロネーゼと別人の、新しい戸籍を作り出さないといけない。

 孤児院では戸籍のない子は多いので、そうやって新しい人生を始めることがある。これも手続きが大変だけど。

 それで、わたしが本当に貴族の名を捨てる気なら、名前を捨て、ここで新しい戸籍を作り、そして養女になるのが望ましいんだって。


 わたしはまだ養女になるとは心が決まってないけれど、戸籍はもう新しく作って欲しいとお願いした。

 あそこには二度と戻らない。

 伯爵様は小さくため息をついた。何かを迷っているように見えた。

 一息ついてからわたしを見る。


「母君の親戚たちは、君が辛い思いをしないように、君が暮らすのに十分なお金のあの家にずっと送っている」


 え? 少し動揺した。


「……ひょっとして、だからわたしの死亡届が出されてないんですね」


「それは伯爵に聞いてみないと正しくはわからないけれどね。

 あの家は君のものだ。夫人の娘である君がいるから、君の父親である伯爵が伯爵でいられる。君がいないとなれば、伯爵一家はあそこから追い出されるだろう。そして母君の親戚の中から、新たに伯爵が選出される。そうなってしまったら、君は本当に帰れなくなる、それでもいいのかい?」


 伯爵様は新しい戸籍を作るということは、そういうことだとおっしゃった。

 それからお母様がわたしの名義で残した土地は、父が全て妹に名義変更していた旨を教えてもらった。

 いくら嫌いな人の娘だといっても、半分は自分の血が入っているのによくそんな仕打ちができたものだ。


「本心を言えば、母のものが妹のものとなるのは嫌です。でもそれはわたしが欲しいからではありません。わたしは母の形見の指輪を持っているので、それで十分です」


 伯爵様は微笑んだ。


「わかった。では、戸籍の件は承る。君はこれから本当にただのメイだ。いいのだね?」


 最後に確認を取られて、わたしは力強く頷き、それからふたりに頭を下げた。

 院長室を出る。講堂ではお嬢様とバトレット嬢がバチバチとやりあっていた。

 そんな貴族女子の戦いなど知らない子供たちも、何かを察して遠巻きにしている。

 わたしに気づくと、彼女は寄ってきた。


「ハッシュ伯爵様となんのお話でしたの?」


「手続きのことです」


「なんの手続きですの?」


「すみませんが、個人的なことなので」


 バトレット嬢は顔を赤くして、身を翻した。

 わたしは外に出て、畑に行き座り込んだ。


 お母様の親戚がそんなことをしてくれていたなんて。

 親戚がお母様のことを忘れていないのは嬉しいことだった。

 同時にそれならどうして生きているうちに手を差し伸べてくれなかったんだと思ってしまうけど。後悔したのかもしれない。

 それで娘のわたしを気にかけてくれたんだ、きっと。

 だからって頼る気もないけれど、気にかけてくれる人がいたことは、心を強くしてくれることだった。


 それにしてもお父様たちのガメツさには辟易してしまう。

 わたしへの手当てがあり、そしてわたしがいるからの当主でいられたのに、よくもまぁ、あんな扱いができるものだ。

 それにお母様が残してくれた土地を、妹が手にするなんて。

 わたしの物にならなくてもいいけど、あの人たちの物になるのは嫌だなー。

 しみじみとそう思えた。


「おい、メイ!」


 現実に引き戻される。わたしを呼んでいたのはレイだった。

 隣にはジークもいる。


「どうしたの?」


 怒ったような顔をしている。


「どうした、じゃねーよ。お前、顔色悪りぃーぞ?」


「そう? なんでもないけど」


「なんでもないって顔じゃないよ?」


 ジークが苦笑いの顔でいう。

 わたしは白状した。元の家の惨事をだ。

 いかにわたしが冷遇されていたかを話すのと同じなので、そこは嫌だったけれど、伝えれば心がいくらか軽くなった。


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