お嬢様を拐うように命じたのはタタット伯爵だったようだ。
伯爵様の裏のお仕事関係で、掴んだみたいだ。だから立証することは難しいらしい。それでそちらから対処したようだ。
ということで、タタット伯爵のやっていた事業はどんどん地に落ちていったと思っていたら、行方知れずになった。多分、伯爵様が何かしたのだろう。
静かな日常が戻ってきた。
お嬢様はお屋敷に帰られた。
呪詛を取っ払ったので、もう大丈夫だと、それを確かめる意味もあるんだと思う。
次の日、慰問だと、女性が訪ねてきた。
気高い感じの貴族の女性だ。
子供たちは大喜びだ、だってご馳走もあったから。
あったかい上掛けと大きめのコートも、嬉しかったけど、なんかいまいち。
なんかすっごく来たくなくて来ている感じなんだよね。
慈善事業でどうしても来なくちゃいけなくて来たのかな?
口元にハンカチを当てたままだし、匂いとか埃を我慢している感じ。
毎日掃除しているから、そこまで汚れていることはないと思うんだけど。
そんなに嫌ならすぐに出ていけばいいのに。
孤児院の慰問は頻繁ではないけれど結構あるみたい。
でも実際孤児院に来て、何かを届けたらすぐに出ていく人が多い。
院長先生が丁寧にお礼を言った。
それを鼻で笑う。
な、何あれ?
それを目にした子たちは、みんな眉が動いた。
「あなた、男爵令嬢だそうね」
ジロジロと上から下まで先生を見ている。
「ハッシュ様の心を射止めたなんて、思えませんわ」
そうハンカチを飛ばして帰っていった。
なんじゃありゃ。
院長先生も目をパチパチさせてたよ。
「先生、あのおかしな人からもらったもの、全部返しますか?」
と尋ねてみると、
「物に罪はないから、大切にいただきましょう」
とにっこり。
先生もなかなか丈夫なメンタル。
ハッシュ様って伯爵様の名前が出たことに、わたしはちょっと恐怖した。
そしてその勘は当たった。
その後、何度かそのお嬢様はいらした。お嬢様って便宜上言ったけど、20歳過ぎてるかも。
いつも大量にいい物を持って来てくれる。
顔をしかめて、
「そんな寒そうな服なんて着るものじゃなくてよ」
と辛辣な言葉を言って、物凄い温かくて可愛い服を持って来てくれたりするのだ。
冬の寒さ対策どうしようと思っていたけれど、半分以上、その人のおかげで買い揃える必要がなくなっている。
毎回先生にだけは嫌味を言って、そして帰っていく。
何がしたいんだろう?
先生も混乱はしているけれど、大した被害があるわけではないし、子供たちに結果よくしてくれているのと同じなので、気にも留めてないようだ。
そのうちに、お嬢様が孤児院に遊びに来た。
もうお屋敷にいても具合が悪くならないようになったようだ。
ご飯もいっぱい食べられるようになってきて、少ししかたっていないのに、お嬢様がなんだか大きくなられた気がする。
伯爵様が迎えに来るまで、こちらに泊まられるようだ。
お嬢様がいらっしゃるときに、その人が来た。
お嬢様は息をのんだ。
「どうしました?」
「あの人、お父様をねらっているの」
え。
「私がじゃまみたいで、よい医者をみつけたからそこに預けようとか、いつも言ってくるの」
やっぱり、女性は伯爵様の追っかけらしい。
あの女性は伯爵様を狙った女性をことごとく潰してきたという。
おっかねー。
「あら、ソフィア様、こちらには慰問に?」
「おひさしぶりです。バトレット様」
お嬢様はきれいなカーテシーを決めた。
「はい。私、こちらが大好きなんですの」
自分の縄張りだと二重音声が聞こえる。
「お元気そうで何よりですわ。いつもベッドにいらっしゃっるから」
「こちらに来るようになって、元気になりましたの」
なんかなんでもない会話なのに、笑顔の下にお互い何かを隠している気がする。
「いつまでこちらにいらっしゃいますの?」
「お父様が迎えにくるまで、ですわ」
そう言ってから、お嬢様はしまったという顔をした。
バトレット嬢はニンマリとした。
何?と思ったが……それからバトレット嬢は毎日来るようになった。
午後から来て夕方までいる。
お土産付きなのはいいけれど、うっとおしい。
バトレット嬢は用事がない限り、ハッシュ家は出禁となっているそうだ。
あまりにも頻繁に来るので、伯爵が禁じたらしい。
お嬢様が伯爵が迎えに来ると言ったので、そこで会えるのを期待しているようだ。
そうやってお嬢様の後をついて廻り、なんかわかった。
バトレット嬢は、伯爵様がここに訪れる理由が院長先生だと思ってたんだ。
だから院長先生に絡んでいた。
でも実際、娘のソフィアお嬢様がこの孤児院に来たがっているのを知り、安心したようだ。ただ院長先生にはそこまで敵意がなかった気がする。嫌味を言うだけだ。
だけど、お嬢様には嫉妬めいた、暗い色の感情が見える気がして、なんだか心配になる。義母と同じ目だ。
ふとした時に見せる、汚いものを見てしまったような、そんな顔。