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第34話 いいものみっけ

 馬車はガタゴト揺れる。

 原作で主人公がどうやって切り抜けたのか記憶を探ったが、思い出そうとすればするほど気持ちだけ追い詰められ焦るだけだった。


 しばらくしてトイレ休憩となった。

 道があり、その横にちょっと木々があるだけなので、逃げてもすぐ捕まるのは目に見えている。だから人攫いたちもわたしたちを自由にしている。

 わたしの番になり、木々の生い茂ったところに入り済ませた。


 少しだけ体をほぐし、伸びをして。目の前にある植物に目がとまる。

 あれ、これ……。

〝驚くぐらいまあるくて、先だけがちょっと尖っている。形が変だから触って。後でそれ触ったから痒くなったんだって怒られた〟

 モクが言った言葉が蘇る。


 これ、うる芽だ。

 触れると後で皮膚が赤くなり、ちょっと痒くなる。

 わたしは葉っぱに触れないように葉柄部分で折った。それを幾重にかなっている服の合間に挟んだ。


「おい、ちんたら何してやがる」


 レディーのトイレに文句をつけるなんて、全く礼儀もなってない。

 わたしはちょっとフラフラした演技をしながら出る。


「ほら、手をだしやがれ」


 と言って、柄杓にとった水で手を洗わせる。


「揺れが気持ち悪くて。お水を飲ませていただけませんか?」


 わたしはか細い声で憐れさを演出した。

 男は一瞬黙ってから、樽からもう一度柄杓にお水を汲んでくれた。

 両手をお椀のようにして、そこにお水を入れてもらい、水を飲み干す。

 それを見て、他の子たちも飲みたいとおずおずと口にした。

 一瞬考えたけど、男はみんなにも水を与えることにしたようだ。

 しめしめとわたしは男に近づいて、よろけたふりをして、男に当たった。

 服から覗かせた葉を、男の腕に当ててやった。


「おい!」


 わたしをキャッチした男は肩をぐいっと押して、わたしを立たせる。


「すみません」


 男はほっとした顔をした。

 わたしたちを売るつもりだからね。具合が悪かったりするとまずいわけだ。

 わたしたちを途中できれいにしたのも、できるだけ高く売りつけるため。

 逆にいうと汚いと売れにくい。さらに病気持ちに見えたらどうだろう?

 わたしたちが従順にしているからか、それからは足は縛られず、寝転ばず座っていても怒られなかった。


 馬車が走り出した時にわたしはみんなに逃げたいかを尋ねた。みんな頷いたので、わたしは計画を話し始めた。

 もう一度の休憩を挟んで、目的の場所についたようだ。

 大きな道を外れ曲がってから、森の中のようなところを進み、そこに小屋があり、同じぐらいの大きさの馬車もとめられていた。


 わたしたちは頷き合って開始した。

 手や足をなんとなく掻く。

 一人ずつ下ろされて、家に入るように指示された。

 その間もわたしたちはどこかしら痒くて掻いているフリをした。

 入っていくと、腹回りにだいぶ脂がのった人が、椅子に座りふんぞりかえっていた。テーブルの上のご馳走を一人で食べている。部下も大勢いた。


「おい、お前たち、その動きをやめろ」


 言われてやめるけれど、やはり痒くて手がいってしまうを続けた。


「おい、こいつら変だぞ、なんか病気でも持ってるんじゃねーか?」


 部下の一人がいうと、わたしたちを連れてきた人は揉み手をしながら答える。


「丈夫な子たちですよ。いい働き手になります」


 うる芽に触れた人は、不自然に袖をおろしている。何気に手がいっているのは痒いのだろう。


「お前たち、掻くのをやめろ!」


 攫ってきた人が怒鳴った。

 大食らいの親分が子分に命じる。子供の体を見ろ、と。

 うる芽を触れたわけじゃないから赤くはなっていないけど、ずっと痒い演技を続け掻いてきたので、掻いていた痕が残っている。

 近くの男の子の腕を見て、その痕を親分に見せるようにした。

 それを見て、親分が目を細める。


「子供が全員痒がっているじゃねーか。こんな傷物を売りつけるつもりだったのか?」


「そんなはずはありません。さっきまで普通にしてたんだ!」


「おい、そっちのやつ、そうお前だ」


 親分はうる芽かぶれに目をつけた。


「お前、ちょっと来い」


 うる芽かぶれは、オドオドしながら親分の前に立った。

 親分はむんずとかぶれの手首を持って、袖を捲りあげた。

 赤く被れた肌が晒される。

 うる芽かぶれも、攫ってきた人も息をのむ。


「もう移ってんじゃねーか。今回の取引はナシだ!」


「そんな。困ります!」


「病気持ちを売りつけようだなんて、この世界でやっちゃなんねーことをしたんだ。お前んとことは二度と仕事はしねー」


 親分は立ち上がり、子分たちがついていく。


「そんな、待ってください。何かの間違いです!」


 攫ってきた人たちが親分さんに縋ろうとして、子分たちに阻まれている。

 大人が出ていき取り残されたわたしたちは頷き合う。


 あ。

 わたしはテーブルクロスでご馳走をそのまま包んだ。

 何人かが手伝ってくれたので、うまくいった。

 扉の両側に張りつく。

 馬車が動き出した。親分の馬車だろう。

 言い争う声が聞こえる。

 蹴ったりなんだりする音もだ。

 多分うる芽かぶれが、攫った奴に袋叩きにあってる。

 そう思うと身が縮こまるが。


 大人だけど、あちらはひとり。こちらは9人だ。

 それにやっつけるのが目的ではない。逃げられればいいのだ。

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