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第33話 思い出せない

 ガタガタガタガタ揺れている。

 目を開けると、幌馬車の荷台のようだ。

 揺れるたびに、体のあちこちがぶつかり痛い。

 両手首、両足首を紐で縛られていた。

 動いてみたけれど、芋虫のような動きしかできない。

 ゴロンと反対側に体勢を変える。


 え。そこにはわたしと同じぐらいの子供が、やはり不自由な状態に縛られ、転がされていた。

 そのうち、茶色い長い毛を二つの三つ編みにした女の子と目があった。

 他の子は目を瞑っている。


「どういう状況かわかる?」


 わたしは小声で尋ねてみた。

 女の子は首を左右に振る。

 畑仕事をしている時に、道を聞かれて何かをかがされて、気づいたらここに寝かされていたそうだ。

 一気に大量に誘拐なんて身代金目的ではなさそうだ。ってことは売るつもりか?

 他の子は服装で、平民だとあたりをつける。


 でも、わたしの場合は違う。ハッシュ家のお嬢様かと聞かれた。

 お嬢様を拐うのが目的だった。


 子供たちが目覚めだす。

 みんな似たり寄ったりだった。突然誰かに口元に布を当てられ、気づいたらこの状態。

 やがて馬車が止まり、後ろから男が乗り込んできた。

 わたしたちを見回し、満足そうに言った。


「いいか、大人しくしていろ。口答えしたり、暴れなきゃ、殴らない。

 お前らはこれから奴隷商人に売られる。せいぜいいいところに買ってもらえ」


「な、なんで!?」


 思わずという感じにそう言った少年を男は蹴り上げた。


「大人しくしろって言っただろ」


 見せしめだ。みんな何か言ったら痛い目にあうとわかって、身を縮こまらせる。


「逃げても無駄だぞ。お前らは親から売られたんだ。お金を払ったからな」


 嘘だ。でもそれを聞いて子供たちは、信じられないと思いながらも、心に疑惑が一雫落ちたような顔。


「いくところがないんだ、奴隷として売られる以外な。足の紐を切ってやるから、自分で歩け」


 男は子供たちの足を縛った紐を切って回った。

 そして幌馬車から降りるように促す。

 降りると小屋があって、道はずっと続いているが、周りの木々しか見えるものはない。人家はなさそうだ。


 あれ?

 何か記憶に引っかかる。

 小屋には老婆がいて、子供たちは一人ずつチェックを受け、ランクを決められる。そこできれいに現れ、服を着せられて……。

 これ、主人公が巻き込まれる、人身売買事件じゃない?


 でも主人公がこんな目に合うのは、3年は先の話。

 主人公がこの組織をぶっ潰すきっかけになるんだけど。

 そうか3年も前から、子供たちは誘拐され、売られてきたんだ……。

 主人公はどうやって逃げ出したんだっけ?

 肝心なことが思い出せない!


 小屋の中にはやはり老婆がいた。ひとりひとりじっくり顔やら体をみている。


「この子が貴族かい?」


 老婆はわたしをじっくり見て言った。


「へぇ、そうです」


「磨けばいいとこに売れるかもしれないね」


「このままじゃダメですか? いい服きてるし。今日は急いでるんです。早いとこ渡さないと」


「服はいいが、……大切にされていなかったんじゃないかい? 肌もボロボロだ。お嬢様って感じじゃないね」


 見る目あるじゃん。


「なんとか見られるようにしてくれ」


「上乗せしとくれよ。お前はこっちへきな」


 老婆に強く腕を取られ、一室に入った。

 老婆はわたしを椅子に座らせた。布に、瓶から液体を振りかけて、それをわたしの顔を拭く。肌が一瞬冷たくなる。消毒でもされているようだ。

 老婆は今度は温かくなる液体を手で伸ばしてからわたしの顔にのせる。

 それから白粉をパタパタと顔にはたかれた。

 小指で紅を塗られる。

 老婆は鼻を鳴らす。


「時間がないからこんなもんだろ」


 わたしは部屋から連れ出され、また男たちに渡される。

 わたしたちはまた幌馬車に乗せられた。

 上から毛布をかぶせられる。

 静かにしてろと脅される。

 鼻をすする音が聞こえる。

 馬車が走り出した。

 相当なスピードだ。揺れが激しくて気持ち悪くなる。

 寝ていたら吐きそうだ。

 わたしは起き上がった。

 やはり相当なスピードだ。幌馬車の後ろから見える、景色が飛ぶようだ。

 わたしが腹筋を使って起き上がると、周りの子もひとりふたりと起き上がった。


「あんた貴族なのか?」


 押さえた声で、隣の子に聞かれる。


「いいえ、違うわ。間違われたの」


 男の子はうっすら開いた口が空いたままになった。言葉が見つからないのだろう。


「売られたなんて……」


「嘘よ」


「嘘?」


「逃げ出さないためにそう言っただけだわ」


 みんな、わたしを探るように見てる。


「どうしてわかるの?」


「売ったのなら、薬をかがせる必要ないわ。引き渡せばいいだけだもの」


 そこまで言うと、みんなわたしの言うことに信憑性があると思ったみたいだ。

 目に力が出てきた。


「わたし、やりたいことがあるから、絶対に帰るわ」


 あいつがどうなるか見届けないとだもの。

 孤児院のみんなのことを思い出す。

 いつの間にか、孤児院のみんながわたしの家族になっていたんだと思った。

 その中には、お嬢様や伯爵様も含まれていた。

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