お嬢様は絶好調のようだ。
伯爵様はお嬢様にお屋敷が嫌いなのか?と尋ねた。
それは絶対にないとお嬢様はいう。
そうなんだけど、今までお屋敷とたまに教会にしか行かなかったからわからなかったが、お屋敷でなければ、こんなに元気でいられるんだと涙目になったそうだ。
わたしは気になっていたことを聞いた。
「伯爵家には井戸はありますか?」
「引いてきているが何故だ?」
「引いてきているなら、溜まることはないですね……。ええと、聞いたことがあるんです。土地の下には、たとえば源泉みたいなものがあったりしますよね? 空気の出入り口があればいいのですが、それがないと悪い空気が発生することもあるって」
伯爵様は目を細めた。
伯爵夫人とソフィアお嬢様は確かに身体が丈夫ではないのだろうけど、何か原因があると思うんだよね。もしそれがわかれば、ソフィアお嬢様はもっと長く生きられるかもしれない。
「メイ、聞きたいことがある」
あ。真剣な目に、圧倒される。
伯爵様はわたしを一室へと誘った。伯爵様に使っていただいてる部屋だ。
椅子に座る。
「メイ、私はお前を好ましく思っている。娘のソフィアもだ。お前を妹のように思っているようだ。
お前は教会の前で倒れていて、レイが慌てていた。家に連れ帰り事情を聞けば、元々私の家にくるつもりで、あの場で倒れたようだな?
孤児院の借金をなんとかするためで私に会うつもりだったといった」
わたしは神妙に頷いた。
「メイは私の隠している仕事のことも知っていた。メイのスキルでそのことを知ったとのことだったね?」
「はい」
「確かにそうなんだろう。メイはこれから起こる未来を知っている。……ソフィアのことで何か知っていることがあるんじゃないか?」
!
伯爵様は確信を持っている。
伯爵様もお嬢様も、わたしとわたしたちと孤児院に力を貸してくださった。そんな優しい人たちに、わたしは付け込もうとしていたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
伯爵様はわたしの座る椅子の前にしゃがみ込み、そしてわたしの両頬を手で挟んだ。
「メイを責めたいのではないんだ。教えてくれるだけでいい」
わたしは首を横に振っていた。この時は隠したいからじゃない。
お嬢様が亡くなるかもしれないと、どうしても口にしたくなかったのだ。
「聖女を養女に。あり得ることではある。でもそれは別の誰かであった場合だ。
私は正直ソフィア以外のことは考えられない。それなのに、娘を持つとは、どうしても腑に落ちない。それにメイのソフィアに対する接し方。それだけではないと思えた。君は、ソフィアの未来を知っているね?」
ああ、確信されている。
隠し通せない……。
「そ、ソフィアお嬢様は……わたしの知る未来では、お嬢様が8歳の時に命を落とされます」
わたしの頬を持つ手が震えて力が入る。
「何があるんだ?」
「そ、それはわかりません。お身体が弱かったと。だからだと思いました……」
頬から手がストンと落ちた。
「君の知る未来を教えてもらえないだろうか?」
絞り出すような声だった。今にも泣きそうな顔だ。
わたしは覚悟を決めた。
わたしが知っている伯爵家に関することを話した。
お嬢様の友達事件だ。わたしは告白した。
わたしはその友達になり代わるつもりだったのだと。
そうしたら不自然と思われずに伯爵様に近づけて、これから起こることを話せる。そうすれば報酬をもらえる。わたしはそんな汚い考えで近づいたんだと告げた。
伯爵様はわたしを罵ったりしなかった。
相変わらず、哀しそうな目をしているだけ。
「最後に教えて欲しい。メイとその聖女はどういう関係なんだ?」
「……わたしは17歳の時に、聖女と間違われて殺されます」
目が大きくなる。
「髪の色が同じなんです。それで、間違われて……」
伯爵様がわたしを抱きしめた。
頭を撫でてくれた。
「怖かったな……」
そう言われて、思い出す。
うん、怖かった。怖いけど、どうにもできなかった。
怖いと認めたら、本当にそうなることも認めてしまうようで。
……わたしは怖かったんだ。
わたしは自分のために涙をこぼした。これは誰かに向けてではなく、わたしに対してのものだった。