馬車から降りると、集まってきたみんなに背中を叩かれた。
最後に先生が出てきて、わたしとレイをギュッと抱きしめた。
「無事でよかった……」
先生はただ涙を流して、そういうだけだった。
そして、降りてきた立派な紳士に頭を下げる。
「ハッシュ伯爵様が送ってきてくださったの」
院長先生は目を見開き、どうして?と疑問の目をしていたけれど、丁寧に伯爵様に挨拶をする。
「院の子どもたちを送っていただき、ありがとうございました」
「メイ、私は院長先生と少し話があるから、ソフィアのことを頼んだよ」
わたしは請け負った。
みんなは何があったか知りたくてついてくる。
ソフィアお嬢様も子供がこんなにいるのを見るのも初めてなんだろう、恥ずかしがりながらも話したい気持ちはあるみたいだ。興味ありありなのが伝わってくる。
わたしは裏庭に行ってみた。畑にもう10センチぐらい育っている。
「嘘、もうこんなに大きくなったの?」
「そうなんだよ。メイがいなくなった日、双葉が出ててさ。お水あげてたら、こんなにあっという間に」
「これも花壇?」
お嬢様が首を傾げる。
「いいえ、これは畑です。野菜を育てています」
「まぁ、野菜を?」
お嬢様が目をまあるくしてみんなの顔をみるものだから、一瞬にして男の子たちが顔を赤らめている。
お嬢様、可愛いからね。
話は転び、みんな自分の魔法を見せるといい、自慢している。
大袈裟にお嬢様がすごいというものだから、さらに嬉しくなってるみたいだ。
後ろをついてくるメイドさんたちは、笑うのを明らかに堪えている。
お嬢様はじゃあ自分もと、畑の隣の土地を、花壇を作った時のようにたがや化してくれた。それも見事だったので、みんなで拍手だ。
おやつの時間になった。
お嬢様に喜んでもらえるようなおやつはないどうしようと思っていると、みんなが野苺のパンケーキなら大丈夫じゃないか?と言って、大急ぎで野苺を摘んできてくれた。とりあえずお客様たちの分だけパンケーキにして、わたしたちは野菜の塩漬けをポリポリいただいた。
砂糖をふんだんに使っているのを毎日食べていれば、野苺煮は決して甘くなかったと思うけれど、お嬢様は甘くて美味しかったと言った。
伯爵様が途中合流して、みんなビビっていたけれど、野菜の塩漬けをポリっと食べてうまいなと一言いったことで、みんなの心を鷲掴みした。
9歳より下はお昼寝を推奨されている。
いくらなんでも孤児院のわたしのベッドにお嬢様と一緒に眠ることになるとは思わなかったけど、硬くて狭いベッドに文句を言うこともなく、お嬢様はわたしと一緒にお昼寝した。
お昼寝から目覚めてみれば、大きい子たちが罠にかかった獣を捌いて帰ってきたところで、そこから売り物にするのと夜ご飯にするものを分けた。
伯爵様をはじめ働いている方々には孤児院はとても過ごしにくいところだと思う。衛生的ではないし、居心地も悪いと思う。でも誰も嫌がるそぶりは見せないで、何気なく手助けしてくれた。
院長先生は空き部屋はあるものの、とても貴族をお泊めするような場所はないので、早い時間に町にいかれることを勧めたけれど、お嬢様が今日は絶対ここに泊まると言い張り、みんな孤児院に泊まることになった。
女性はまだしも、男性はみんなベッドから足がかなり飛び出るだろう。でも誰も嫌な顔をすることはなかった。伯爵家への忠誠がそれだけすごいものなんだろう。
「ソフィアお嬢さま、本当に体が辛くありませんか?」
「ええ。メイと眠ると暖かくていいわ」
いいのかなー。でも伯爵様が放っておくのだからいいのかな。
「それに、変なの。家にいるより、ずっと体が軽いんだもの」
明日の予定を聞かれて、罠を見にいくと言ったら、一緒に行くと言って聞かない。伯爵様にいいって言われたらですよ?と念を押すと頬を膨らませながらも渋いぶ頷いた。
翌日、わたしより先にお嬢様は目を開けていた。わたしが起きるのを待っていたみたいだ。
わたしは夜着から普段着に着替えた。お嬢様はメイドさんがいないから服がない。すると、わたしと同じ服を着るという。いくらなんでもそれはと言ったけれど、お嬢様に押し切られた。
部屋を出て、手をつないで井戸に行った。
ふたりで変わりばんこにお水を汲む。そこで顔を洗った。
お嬢様は井戸を気に入ったようで、顔を洗うお水を伯爵様に届けると言い出した。それもまずいのではと言ったけれど、聞いてくれるようなお嬢様ではない。新しい桶にお嬢様が水を汲む。ふたりで桶を持ってよいしょこらしょと桶を運んだ。
部屋の前でお嬢様は「お父様」と呼びかける。
伯爵様は慌てたようにドアを開けて、目を大きくした。
「ソフィア!」
わたしは、わたしを怒らないでよと言った気持ちで伯爵様を見上げた。
「お父様、おはようございます。顔を洗うお水をお持ちしました!」
「ソフィア、おはよう。顔色がいいね」
「はい。あのね、とても気分がいいの。体も軽いわ。初めて井戸から水を汲んだの。私が汲んだのよ」
「ああ、ソフィア。ソフィアはそんなこともできたんだね」
伯爵様はお嬢様を抱き上げた。
わたしの持つオケに気づき、それを受け取り、自室の中に置いた。
そしてお嬢様をそっとおろして、桶の見ずに手を入れた。
「冷たい。汲みたての水だ」
そう言ってから、本当に顔を洗った。
タオルで顔を拭きながら
「ソフィア、とても気持ちがいいよ、ありがとう。メイも、ありがとう」
わたしにまでお礼を言ってくれた。