第一弾であがってきたメロネーゼ家の資料。これは貴族名鑑からのものだが、メロネーゼ家はメイの母親の姓のようだ。婿養子で入ってメイを追い出したとは聞いて呆れる。
次々と追加でメイの家の情報が集まってくる。
メロネーゼの領ではメイの母親が亡くなってから、領主がかなり好き勝手なことを始めている。税が高すぎて夜逃げをした領民も一人や二人ではない。
それなのに、この領主一家は金遣いが荒い。なんでこんなに金があるんだ?
読み進めて愕然とする。メイの親戚からメイが辛い思いをすることのないようにと金が振り込まれている。これを着服しているのか。
ああ、だからメイを追い出すこともしなかったわけだ。吐き気がする。
親戚はメイがあんな扱いを受けていることは全く知らなかっただろう。
報告では娘はひとり、それもゴテゴテに着飾った娘ひとりの印象が強い。
小さな女の子を働かせていると通報されたこともあるようだ。それからは町に小さな子が来るのは見られていない。
母親が亡くなった時に、孤児院への援助を切っている。全部懐に入れたか。それだけじゃない。メアリドール名義の土地や何もかも、妹の名へと変えている。下種めが!
孤児院の調査資料もあがってきた。
まだ若い貴族の娘が院長を引き受けたようだ。
潰れた孤児院の子供たちを引きとったのに、パウロとモノからの補助金が出ていない。
年若い娘だと舐められて、金を横取りされたのだろう。
親の借金のカタと言っていたが……この女性は本当に気の毒だ。
周りの誰も助けてやらなかったのか。
そもそも借金自体が作り事ではないか?
金利が10倍なんてあるわけないだろうに。
知識がないことで食い物にされるのはいつだって弱者だ。
私にはメイの境遇をどうにかしてやれる情報も、それから孤児院の借金を正確な金額にする手続きを教えてやることができる。
そう、けれど、私はあのふたりに興味を持っていた。
まだ小さく、孤児となった境遇で、孤児院のことをなんとかしようとしている。
荒唐無稽なら子供だからと笑い飛ばせるが、そうではない真剣さがあの二人にはある。特にメイには。
タタット公爵の何かを本当に知っているのだろうか?
メイが作ったという夕飯は美味だった。
ソフィアの食べたいものに合わせるとしたら、私の口には甘すぎて口に合わないだろうと思っていたのだが、なかなかどうして美味かった。
後から料理長に聞いてみたけれど、子供とは思えない知識があると言っていた。
夕食の後、メイを呼び出した。
緊張している。
「夕食、おいしかったよ。ごちそうさま」
そう言うと、子供らしく嬉しそうな顔をする。
「メロネーゼ家、そして孤児院のことを調べた。君の言っていたことに嘘はなさそうだ」
「はい、嘘はありません。レイはついてきてくれただけなので、何も悪くありません」
まだこの少女の中では、レイを罰せられることが一番の怖いことのようだ。
「ああ、わかった。レイを罰したりはしない」
とりあえず、安心させるために言うと、メイは力が抜けたようになった。
子供らしくない言動を取るものの、この素直さはどこからどう見ても子供だ。
「孤児院の借金をなんとかするために、私の役にたち、報酬をもらうってことだったね?」
メイは慎重に頷く。
「鉱石を見つけたあの公爵、タタなんとか公爵は……」
話し出したメイを私は止めた。
「待ちなさい。話す前に、報酬を決めよう」
メイはきょとんとしている。
「孤児院の借金がいくらか知っているか?」
尋ねると、恐る恐るメイは頷く。
「……金貨500枚です」
でっち上げのような借金に法外の金利。弁護士を雇って訴えれば、でっち上げはどうにもならないとして金貨5枚で済むはずだ。弁護士料はそれなりに高くつくが。
それに、メアリローズへの親戚からの養育費、それから妹へと書き換えられた資産のひとつを売れば金貨500枚もすぐに払える。
もし自分がお金を持っていたら、この子は迷わず差し出すだろうと思った。
「君の話そうとしている情報には、いくらの価値がある?」
メイはごくんと喉を鳴らした。
「伯爵様がお嬢様を思う気持ちは、おいくらになりますか?」
私が笑い出すと、メイは驚いて固まっていた。
「いい度胸だな。よし、本当に娘のためになる情報なら、孤児院を助けてやろう」
「……伯爵様がお嬢様を思う気持ちを利用して、多く引き出そうと思って言ったのですが、500枚は行き過ぎです。……で、でも、金貨5枚の価値はあることだと思います」
「……わかった、金貨5枚だ。今から契約書を作らせる」
「伯爵様、それより急いでやっていただきたいことがあります。
タタなんとか公爵が鉱石を見つけた場所の近くに湖があります。そのあたりの土地を購入してください」
なぜだと理由を聞こうとしたが、メイがあまりにも真剣で、そして切羽詰まっているように見えたので、執事に指示を出す。
それにしても、土地を替えだなんて、この子供は……。
執事から審査が通ったと報告がきた。
無理押ししたのだろうな。こんなすぐに土地を買うのは難しい。
「土地は確保した。理由を聞かせてもらおうか」
メイは安堵したようだ。
「タタなんとか公爵は鉱石を見つけたところを一帯買い占めるのです。夏には湖の辺りまで買い占めます。
鉱石は最初に見つけたあそこでしか取れません。それにすぐに尽きます。
公爵はまだまだ一帯から取れるとして、投資ファンドを呼び掛けますが、のらないでください。もう出ませんから」
投資ファンドを知っているとは。
未来を知るスキル、全部を信じたわけではないが、何かを知っているのは本当なのだろう。
「土地を買っていただいたのは、イッグスの花はあのあたりにしか咲かないのです。鉱石がなくて公爵はさらにあのあたりを買い占め、土地をめちゃくちゃにします」
イッグスの花、聞いたことがあるが、なんだったかと記憶を探る。
「イッグスの花は解熱剤になります。公爵が土地をめちゃくちゃにすることで、解熱剤が足りなくなるのです。お嬢様が辛い思いをするときもあります。ですから、イッグスの花が取れるあの土地を買ってくださいと申し上げたんです」
そうだ、イッグスの花は解熱剤となる。
なるほどな、私のためになる情報であることは間違いない。