「普通なら、スキルを尋ねるなんてそんな不躾なことはしないが、私の大切な娘にかかわってくることだとそうも言ってられない。私は娘のためならどんな非情にもなれる」
メイは喉を鳴らした。
「君のスキルはなんだい?」
膝の上に揃えた小さな手をぎゅっと握っていた。
「わたしは、わたしとある方の17歳になるまでの未来を知っています」
「君の未来?」
「はい。そう言っても信じられないと思います。だから、すぐに起こる未来や伯爵様について知っていることを話します。そうしたら、ひとまずわたしが嘘を言っていないとわかると思います」
これまた予想外のことを言ってきた。
「わかったら、レイは解放してくれませんか? わたしは伯爵様の知りたいことをお教えします。だからレイのことは解放してください」
レイに何かあってはいけないと必死だな。
だけど、私も娘のために一通りは聞いておかないとな。
「そんな取引に乗ると思うか? 取引というのは立場が対等なときにできるものだ」
「絶対に伯爵様の役にたちます。レイと孤児院は関係ないです。だからお願いします。レイは解放してください」
「……私の役に立つとは、私のことで知っているとはなんだ?」
メイは視線を上にして小さな頭で考えを巡らせる。
「伯爵様は、情報ギルドをお持ちですよね?」
! なぜ知っている、こんな小さな子が。
メロネーゼ家が知っていることなのか?
私の気持ちに気づくことなく、メイは淡々と話す。
「わたしにはわたしとある方が17歳になるまで起こることがわかっています。
その記憶で伯爵様が情報ギルドをお持ちなことを知っています。
11年後、伯爵様のギルドは裏で国を動かしているとさえ言われるほどの力を持ちます。
伯爵様はタタタ……タタ? タタラ? ……すみません思い出します」
タタ? 公爵?
「ええと、鉱石を当てたとかいう公爵家を探っていると思いますが、その証拠は」
タタット公爵か。思わず笑いそうになった。
ドアがノックされた。
「旦那様、ただいま戻りました」
レイが戻ってきたようだ。
「入れ」
入室を許すと、どこの侍従と言って通用する姿のレイが入ってきた。
「レイ!」
「メイ、起きたのか? よかった。体は大丈夫か?」
メイがレイに抱きついている。
少々、小さな女の子に脅しをかけすぎたかとその姿を見て思った。
「無事でよかった」
「無事って……倒れたのはお前だろ? 具合悪いならちゃんと言えよ。驚いたんだからな?」
このふたりには信頼関係があるようだ。
メイのきれいな目から涙が溢れた。それを見たレイが慌てている。
「なっ。怒ったわけじゃない。助けてもらった旦那様の前だぞ、泣き止め」
もう少し様子を見るか……
私はメイと話してみて、そう決断した。
その後にソフィアがやってきた。同年代の子供に興味があるようだ。
私に隠れるようにしながらも、子供たちから目を離せないでいる。
「メイ、レイ、私は調べ物があるから、少しの間ソフィアと遊んでいてくれ」
悪い子たちではなさそうだ。娘と遊ばせでも大丈夫だろう。
そう言うと、
「伯爵様、俺、お嬢様と遊んだことない。だから何したらいいのかわからないです」
とても真面目な顔だ。レイからの視線を受けたメイも戸惑うように言った。
「わ、わたしもお嬢様と遊んだこと、ありません」
貴族令嬢が? 不思議に思ってメイが普段家で何をしていたのかを尋ねると、使用人のようなことをしていた。
ソフィアは不思議に思ったようだ。
「どうしてメイドではなくて、あなたがやるの?」
と、メイに尋ねている。
「雨風をしのげる寝床と食べ物を与えてやるんだから、その分働けと言われてました」
なんてことだと私は思ったが、ソフィアはさらに不思議そうに尋ねる。
「子供なのに、働くの?」
「はい」
「お父様とお母様は?」
「母は亡くなりました。それから愛人とその子供がやってきて、わたしは用済みになったんです」
「あいじんってなあに?」
メイが私を見る。ソフィアに話してもいいのかと思ったのだろう。
6歳でそんなことを考えられるのも、すごいことだ。
「ええと、お嬢様のお父様が愛したのはお嬢様のお母様おひとりですが、家は典型的な政略結婚で愛がなかったんです」
「せいりゃくけっこん?」
「はい。好きだったわけではなく、家のためにそれぞれの目的で縁を結んだんです」
「好きではないのに、けっこんしたの?」
「はい。母は実家から出たくて、父は母の爵位と財産が目当てでした。それで父は母ではない人を愛して子供を作りました。愛人って正式な婚姻関係ではない異性と言えばいいのかしら。父も母を好きではなかったので、似ているわたしが嫌いでした。3人の家族に、わたしは邪魔だったんです。だからいなくなればいいと思っていたんだと思います」
ソフィアは口を開けている。家の中のことと絵本しか知らない娘。
刺激は強いだろうが、世の中にはメイの語るようなことは珍しくもない。
「それでどうしたの?」
「わたしはまだ外で働けないので、言われるままにお手伝いをしてました」
「あなたは?」
ソフィアは今度はレイに尋ねた。
「街を移る途中で馬車強盗に遭って、大人はみんな死んで。その時、生き残った子供同士で逃げてきて、孤児院にいます」
レイも辛い目にあったようだ。
「こじいん、知ってるわ。イモンに行くところよね?」
「そうだよ」
「こんど私も行く!」
ソフィアに頷きながら、きれいなものしか見せてこなかったことを少し反省した。同年代、そして立場の違う者から話を聞くことはソフィアの成長につながるだろう。レイとメイはしっかりとした教育は受けていないようだが、頭のいい子たちだ。それに情も優しさも持っている。
ポッサムがこのあたりにいないだろう理由を聞いてみれば、ふたりは正解を言い当てた。
ソフィアもふたりを気に入ったようだ。私は3人のお茶会を許可した。