朝起きると、執事からの報告があった。
少年は朝はやくから、何か手伝わせてくれと言ってきたらしい。
少年には新聞を買いに走らせたようだ。
部屋もきれいに使っており、何も盗んだりはしていなかった。
夜着をきちんと畳んでいたことに、使用人たちは感銘を受けたらしい。
少女も目を覚ましたと報告があった。
お腹を鳴らしたそうなので、食事を出したそうだ。
体の負担にならない消化の良い物だったので、スープとパンになったらしいが、とても豪華だと言って感謝して食べたそうだ。
それから、夜着や服に関しても礼を口にしたらしい。
食べ終わったら、連れてくるように告げた。
ノックがあった。
書類から顔をあげると、驚くほど可愛くなった少女が部屋に入ってきた。
珍しい髪の色も合わさって、人形のように可愛らしい。
完璧なカーテシーで挨拶をしてきた。
少年がいいところの出と言っていたが、商人どころではなくこれは貴族だなとあたりをつける。
「このたびは、助けていただき、ありがとうございました」
「お前は貴族か?」
「いえ、違います」
少女はすぐに否定した。
メイドを下がらせる。
「名前は?」
「メイです」
「本当の名は?」
と尋ねると、
「この名で生きていくことに決めました」
まるで大人のような、決意を込めた目つきをした。
「こちらに来なさい」
少女は従順に、前に進み出た。
小さいな。
「粗方のことはレイから聞いた。お前の口からも話を聞きたい」
そういうと不安そうな顔になる。
「医師にお前を見せた。お前の体には無数の傷があった。日常的に暴力を振られていたものだという。レイは孤児院にいるといった。お前は最近孤児院に来た、と。お前のその傷は孤児院でつけられたものか? それなら私はその孤児院を見過ごすことはできない」
目を大きくする。
「わたしが孤児院に行ったのは最近です。体の傷は、孤児院でできたものではありません」
大慌てで少女は言った。
「そこで先ほどの質問に戻る。私はお前が本当のことを言っているか調べなくてはならない。だから本当のことを言え。お前の名前は?」
少女は唇を噛み締めた。
「……メアリドール・メロネーゼです」
「何歳だ?」
「6歳です」
「なぜ家を出た?」
少女が語った身の上は壮絶だった。
母親が亡くなり、愛人に家を乗っ取られたようだ。
父親からも嫌われていたようで、助けはなかった。
日常的に食事は満足に与えられず、使用人のように働かされ、暴力も受けていたようだ。
ある日、義理の妹を叩いてしまった。今まで以上に罰せられると思い、家を衝動的に飛び出した。ところが、馬車が盗賊にあい、転落し川で流される。そこをレイに見つけてもらった。
「そしてまた孤児院を出たのか? やはりそこで何かされたのでは?」
「違います! 逆です」
「逆?」
「院長先生はとてもやさしい方です。わたしが正確には孤児でないと知っても、居場所ができるまで居ていいのだと、おっしゃってくださいました。お母様が亡くなって、父は孤児院への援助を打ち切ったのだと思います。そのせいでディバン孤児院がつぶれていたんです。その子供たちを先生は引き取ってくださったんです。ご自分の私財を崩しながらゼムリップ孤児院を経営してくださっています。
とても優しくていい先生で、孤児院の仲間たちもいい子ばかりです。
それが……領主のバカ息子が先生を借金のかたにとって、孤児院をつぶす気なんです。わたしはそれをなんとかしたくて、孤児院を出ました」
「なんとかするとは、あてがあるのかね?」
「はい、それにかけるつもりです」
少女は力強く頷いた。
「知り合いでもいるのか?」
「いいえ、知り合いはおりません。わたしは変わったスキルがあります。それで未来を切り開くつもりです」
「私には君よりひとつ上の娘がいる。病弱だからと少々甘やかしてはいるが、マナーも身についていると思うし、勉強も頑張っている。家庭教師にも十分だと言われているが、君のほうがずいぶん年上のように思えるよ。それはそのスキルとやらが関係しているのか?」
「はい、そうだと思います」
「孤児院はいいところです。先生は悪くありません」
立ち上がって少女の前までいく。そして抱き上げた。
軽いな。ソフィアも小柄な方だが、この子はさらにだ。
「君を運んだ時も思ったが、大人びているけれど、娘よりだいぶ小さいし、軽いな」
ソファーに座らせるときょとんとしている。
「そこまではわかった。レイは捕らえている」
素直だから、可哀想な気もしたが。ソフィアに万一のことがあってはいけない。
この子が何を考えてこの領に来たのか、しっかりと探らなくては。
メイの小さな眉根が寄った。
「ど、どうしてですか?」
「君のその計画に、私の娘の名前が入っていたからだよ」
メイは驚いた顔だ
「ここはどちらのお屋敷ですか?」
レイと同じ反応。急病になったのは本当にアクシデントだったのだろう。
「ハッシュ伯爵様ですか?」
「いかにも」
「こちらの服はソフィアお嬢様のものですか?」
「……いかにも」
やはり、娘の名前を知っている。
「彼は君の補助をしているだけで、あまり知らないようだから、君に話してもらおうと思ってね。話さなかったり、嘘をつくようなら、聡明な君だからわかるよね? レイに罰をうけてもらう」
メイは目に見えて動揺した。
「レイは悪くないです。わたしひとりでは心配だからとついてきてくれただけ。
それに、わたしは悪いことをするつもりはありません。
伯爵様の役に立って、報酬をもらおうと思っていたんです」
その顔は嘘を言っているようには見えなかった。