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第21話 ソフィアお嬢様(下)

 子供部屋に戻るとお嬢様はいなくて、レイだけだった。


「お嬢様は?」


「旦那様のところ」


 ふうんと頷く。


「レイたちのいうとおりだった」


「え?」


「わたし、考えが甘かった。伯爵様が怒ってらしたら、レイだけは逃すから」


「お前、何言ってんだ?」


 借金を返すどころじゃないかもしれないのだ。


「それより、お前、傷って腕のとこだけか? 崖から落ちたときのかと思ったけど、もっと古くからあるような傷だった」


 世知辛く生きてきただけあって、察したのだろう。


「……今は痛くないから」


「事情も知らないのに、帰るところがあるならなんて言って悪かった」


 あ。その言葉が胸にきて。

 わたしは大人の経験値があるはずなのに、メアリドールの心が帰る場所のないことに深く傷ついていたのを知った。



「レイ、伯爵さまには何を話した?」


「俺とお前のこと聞かれたから、それを話した。どこに行くつもりだったか聞かれて、ハッシュ領主さまのところだって答えた。メイが行きたがってるって」


 よし、それなら、レイは関係ないって言い切れそうだ。


「なぁ、旦那さまにどこまで話すんだ?」


 わたしはうつむく。

 その、さぁ。わたしはメアリドールとして過ごしてきたけれど、未来のことはまさに物語を読むような気持ちでいて、現実味がなかったんだと思う。

 わたしさ、ソフィアお嬢様と会うまでお嬢様が亡くなることは、すっごく人ごとだった。

 わたしだって17歳で命を落とすかもしれなくて、それは怖いことなのに。

 お嬢様の死を利用する形で、借金のお金をなんとかできないかと思っていたんだ。吐き気がするぐらいひどい考えだ。それをひどこいことだとも思い至ってなかった。

 伯爵様にソフィア様のことを伝えることはできない。

 ソフィア様のこと、なんとかできたらいいのに。

 お嬢様のことは言えないから……、鉱石を見つけたあの公爵、タタ……なんだっけ、あいつのことを話そう。

 タタ??公爵が鉱石を見つけたところを一帯買いすることで、あのあたりにしか咲かないイッグスの花が取れなくなってしまうのだ。最後の湖の周りだけでも伯爵様が買った方がいい。

 イッグスの花は解熱剤として使われる。花を咲かせた時だけしか使えないってみんな思っているけど、本当は根も有効なんだ。いずれヒロインが気づいて発表する。熱が下がらない時に解熱剤がなくなって伯爵様がヤキモキすることがあるから、それだけでもせめてもどうにかしたい。


「おい、メイ」


 黙り込んでいたからだろう、レイに呼ばれる。

 その時、ノックがありお嬢様が入ってきた。


「メイ、お料理ができるって本当?」


「そこまで大したものは作れませんが、手伝いはしていました」


「ねぇ、お願い、作っているところを見せて!」


 え。お嬢様、炊事場に入っていいの?


「お嬢様、伯爵様に確認していいと言われてからにした方がいいです」


 お嬢様の頬がぷーっと膨れる。


「私がお嬢様に付きますので、大丈夫ですよ」


 執事さんが言った。

 それならと、炊事場に向かう。

 料理長らしき人と、料理人さんがスタンばっていた。

 連絡はもう行っていたらしい。

 子供が炊事場に来て大迷惑だと思うのだが、さっきゴミを漁らせてもらった時同様、みんなニコニコしている。


 わたしたち3人は子供用のエプロンを紐でグルグル巻きにして身に纏う。

 特にわたしは一番小さいので、エプロンなのに着られている感がすごい。


「お嬢様は、しょっぱいものと甘いもの、どちらが今召し上がりたいですか?」


「甘いパンみたいなのをお食事で食べたいわ」


「それじゃあ、フレンチトーストにしましょう」


 料理長にどんなものかを聞かれる。

 作り方を話すと、それを夕飯ですか?と目をしょぼしょぼさせている。


「こちらに、ベーコンやソーセージ、それから芋のソテーなんかもできますでしょうか?」


 できると言うので、胸を撫で下ろす。


「それでは付け合わせに、それらをお願いしてもいいですか? さっぱり目のスープと、付け合わせ、甘じょっぱいパンと合うんです」


 料理長さんは心配そうに頷いた。

 さて。パンを厚切りにする。それをバットに入れて、卵とミルクの液にいれる。お砂糖も入れた。最後にちょっと塩を入れる。


 液を染み込ませている間に、スープ作りだ。

 野菜をザクザク切って、水から一緒に煮込む。鶏肉の切り分けたものがあったので、そのまま一緒に入れる。皮を剥いた芋も入れた。料理長さんが驚いていた。


 3分経ったら、鶏肉と芋を取り出す。鶏肉はスープを一緒に入れて保温する。こうすると熱が静かに入っていき、柔らかいお肉になるのだ。


 さて次は。茹でたお芋を切って、ソーセージとベーコンと一緒にジュージュー焼く。

 胡椒だ、いいな。

 ベーコンとソーセージからでた脂を芋が吸っていく。


「おいしそう!」


 それを見て、お嬢様が喉をこくんと上下させた。

 で、す、よ、ねー。

 水から一緒に煮込んだ野菜はくたくたになっている。おたまの底で潰すようにしながら、塩と胡椒で味を整えた。


 さ、お待ちかねのフレンチトーストだ。

 鉄板にたっぷりのバターをおいて溶かす。そこに卵液を染み込ませたパンをおいていく。バターと卵と砂糖のなんともいえない香があたりに立ち込める。

 お嬢様の目が輝いた。

 こげるか焦げないかのところでひっくり返し蓋をする。あとは好みなので、わたしはある程度火が通ったところで、火を落とす。

 盛り付けると、声が上がった。


「すっごくおなかがすいてきたわ!」


 その発言をみんなが喜んだ。

 普段なら食事の時に着替える必要があるそうだが、今日はあったかいうちにと言うことで、エプロンをとった姿で、食事を取る部屋へ案内される。

 伯爵様もいらして、「お父様も今日は一緒なのね?」とお嬢様が喜んだ。


 さて、お味はというと、お嬢様が大喜びして、大成功だった。

 伯爵様は甘いものは苦手だそうだが、フレンチトーストにしょっぱいベーコンやソーセージが付け合わせなので、食べてくださった。

 鶏肉は手でちぎり、細かく刻んだ野菜とあえた。これもいい副菜になったようだ。伯爵様が気に入ってらした。

 その後、お風呂に入らせていただき、就寝した。

 明日、伯爵様に伝えなくちゃ。

 フカフカのベッドの中で、お金を得る方法を考えようと思っていたのに、わたしはすぐに眠ってしまった。

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