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第19話 ソフィアお嬢様(上)

 レイを捕まえていると嘘をつかれたと思ったけど、同時にそれを本当にすることも伯爵様はできるんだと思考が追いつく。


「メイ、お前、泣いてるのか? どこか痛いのか? おいってば」


 とんでもないことにレイを巻き込んでしまったと、今更ながら思えば目の端が熱くなる。


 ノックがあり伯爵様が許すと、入ってきたのは小さな女の子だった。小さなといっても、わたしより体は大きいけど。緩やかな癖のある金髪を上品にツインテールにしている。レースのリボンも可愛らしい。

 わたしたちを目の端でとらえながら、伯爵様に突進する。


「どうした?」


「お父様、おはようございます。女の子が目をさましたときいたの……」


 伯爵様がお嬢様を抱きあげる。

 伯爵様の首にしっかりつかまり、わたしたちをチラチラ見ている。

 そういえばお嬢様は引っ込み事案だと本にあったと思い出す。


「メイ、レイ、私は調べ物があるから、少しの間ソフィアと遊んでいてくれ」


 え。

 得体の知れないわたしたちと、大切な娘を遊ばせていいの?


「伯爵様、俺、お嬢様と遊んだことない。だから何したらいいのかわからないです」


 レイは困ったようにわたしを見た。


「わ、わたしもお嬢様と遊んだこと、ありません」


 伯爵様は首を傾げた。


「メイ、お前は家で何をしていたんだ?」


「掃除と、炊飯場の手伝いと、畑や花壇の世話。それから馬の世話です。でも馬の世話は得意ではありません。大きくて怖いから」


「どうしてシヨウニンではなくて、あなたがやるの?」


 抱っこされたままのお嬢様に尋ねられる。


「雨風をしのげる寝床と食べ物を与えてやるんだから、その分働けと言われてました」


「子供なのに、働くの?」


「はい」


「お父様とお母様は?」


「母は亡くなりました。それから愛人とその子供がやってきて、わたしは用済みになったんです」


「あいじんってなあに?」


 言っちゃまずかったのかな?とチラリと伯爵様をみたけれど、止めるそぶりはなかった。


「ええと、お嬢様のお父様が愛したのはお嬢様のお母様おひとりですが、家は典型的な政略結婚で愛がなかったんです」


「せいりゃくけっこん?」


「はい。好きだったわけではなく、家のためにそれぞれの目的で縁を結んだんです」


「好きではないのに、けっこんしたの?」


「はい。母は実家から出たくて、父は母の爵位と財産が目当てでした」


 伯爵様から止められなので、話してもいいと判断する。


「それで父は母ではない人を愛して子供を作りました。愛人って正式な婚姻関係ではない異性と言えばいいのかしら。父も母を好きではなかったので、母に似ているわたしが嫌いでした。3人の家族に、わたしは邪魔だったんです。だからいなくなればいいと思っていたんだと思います」


 お嬢様は口をうっすら開けたままだ。

 ちょっと刺激が強かったかな。


「それでどうしたの?」


「わたしはまだ外で働けないので、言われるままにお手伝いをしてました」


「あなたは?」


 お嬢様はレイに視線を移した。


「街を移る途中で馬車強盗にあって、大人はみんな死んで。その時、生き残った子供同士で逃げてきて、孤児院に」


 そっか、レイはそうだったんだ。


「こじいん、知ってるわ。イモンに行くところよね?」


「そうだよ」


 伯爵様が頷く。


「こんど私も行く!」


 伯爵様は微笑んだ。


「こじいんはどんなところなの?」


「身寄りがいなかったり、居場所がない子供が暮らすところ、です」


「そこでも働くの?」


「10歳にならないとお給金はもらえないから働けない。でもみんなで暮らしていくために、手伝いはする」


「手伝い? どんなこと?」


「前は、掃除や洗濯ぐらいだったけど、メイが来てから教えてもらって、ポッサムの巣を探したり、罠を張って獣を取ったり、それを街に売りに行ったりした、……ました。それから畑も作った」


「ポッサムって?」


「土の中で暮らす獣で、キラキラしたものを集めてるんだ。硬貨や宝石みたいなものを貯めているやつもいて。そのお宝をもらうんだ」


 お嬢様は目を大きくしている。


「どこにいるの?」


「それを探すんだ。ポッサムの巣を」


「お父様、私も探したい」


「あれは水辺にいることが多いからいないと思うが。庭なら探してもいいけれど、無理をしちゃいけないよ。メイ、なぜポッサムが水辺にいるか知っているか?」


「ポッサムはあまり視力がよくありません。それに臆病です。川にひかり玉があるのと、飲み水は絶対に必要。でも捕食者に長く身を晒す危険を排除するのに、川の近くに巣を作るんだと思います」


 伯爵様もポッサムを知っていることが驚きだった。

 貴族は狩をするときの有名どころの獣ぐらいしか知らないと思ってた。


「そうなのね。うちは川の近くではないから、お父様は庭にはいないと思うのね」


「どうだ、レイ。お前はこの屋敷にポッサムの巣があると思うか?」


「ないと思う」


「なぜだ?」


「臆病だから。このお屋敷には人がいっぱいいるし、庭も手入れが行き届いてる。そういうところに巣は作らないと思う」


 伯爵様は微笑んだ。


「ソフィア、そういうことだ」


「そうなんだ。ざんねんだわ。ふたりはいろんなことを知っているのね。お父様、ふたりとお茶会をしてもいい?」


「ソフィアが無茶をしないことと、ふたりが嫌がることはしつこく聞いたりしてはいけないよ」


「はい」


 お嬢様は足をばたつかせて、おろしてと意思表示した。

 伯爵様が優しく床におろす。


「もっといっぱいお話しをしたいわ。いろいろ教えてくれる?」


 お嬢様はわたしたちを庭へと誘い出した。

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