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第17話 軟弱者

 1時間も歩かないうちに、教会へ着くことができた。

 人通りが少ない。バンリックの町のほうが狭いのに活気がある感じだ。

おもちゃ屋もあった。


「あとはどうやってそのお嬢様を待つか、だな」


 レイはそう言ってからわたしをのぞき込む。


「もう話してもいいぞ?」


 わたしは頷く。


「おい、お前、どうした?」


 なんでもないと言おうとして、ふらっとする。


「お、おい!」


 レイに腕をとられる。レイは近くにいたひとやすみしている馭者に声をかける。


「す、すみません、こいつをおぶわせてくれませんか? あと、薬師のいる場所教えてください。この街に初めて来たんです」


 大人が寄ってくる。

 大丈夫だと言おうとして、口がその通りに動かなくて驚く。


「何事だ?」


 教会から出てきた人か、教会側から声がする。

 鋭いのにどこか心地のいい声だ。


「旦那様、すみません、子供が急病なようで」


 御者さんの主人らしい。彼が出てくるのを待っていたんだろう。


「その子はどうしたんだ?」


「わからない。さっきまで普通だったのに、話さなくなったと思ったら顔が赤くてふらっとして」


 レイが説明している。

 力強い手に抱き上げられる。


「薬師のところまでは遠い。うちの医師にみせてやるから乗りなさい」


 ヒアリングできたのはそこまでで、わたしは意識を失った。




 ふかふかのベッド。うわがけもやわらかい、手触りのいいものだった。

 おでこにはタオルがのっかって冷やされていた。熱が出てぶったおれたってところか。

 軟弱者め。自分を戒める。

 外は明るい。教会に着いたのが4時を過ぎていたから、泊めてもらったのだろう。


「あら、起きたのね」


 メイドさんだ。成人仕立てぐらいかな。

 薄い茶色い髪は短く、カールが可愛い。


「あの、レイは?」


「ああ、お兄ちゃんね。お兄ちゃんは旦那様の仕事を手伝っているわ」


 ぎゅるぎゅるとお腹が鳴った。わたしは慌てて押さえる。


「お腹が減った? 元気がでた証拠ね、よかったわ。今食事を持ってくるわ」


 メイドさんにはにっこりと笑った。


 ここはどこだろう?

 教会に来ていた貴族の御者にレイは助けを求めた。

 その旦那様が運よく戻ってきたところだったんだろう。


 運ばれてきた食事はとってもおいしそうだった。ミルクベースのスープにパンだ。

 本当に食べていいのか尋ねると、メイドさんは頷いた。

 うわー、こんなあたたかくてバターとミルクがたっぷり使われた具沢山なスープなんて、いつぶりだろう?

 わたしは夢中で食べてしまった。


「ごちそうさまでした。あの、ありがとうございました」


「熱はさがったわね。大丈夫なようなら、旦那様にご挨拶にいきましょうか」


「はい」


 と起きあがる。すっごいラブリーな夜着を着ていた。


「こんな素敵な夜着を着せていただいて……」


「お嬢様のお古なの。お気に入りだったけど大きくなってきれなくなったからと、あなたに着てほしいのですって」


「お嬢様がいらっしゃるんですね」


 用意された服もワンピースだけどとても品もよく、また質のいいもので、孤児のわたしが着ていいものなのかとためらう。


 どこぞのお嬢様のように支度を手伝ってもらい、髪もかわいく結んでもらって、貴族にご挨拶できる格好となった。

 メイドさんに連れられて、重厚なドアをノックする。


「入れ」と声がした。

 書斎という感じの部屋。大きな机で書類がタワーを作っている。その向こう側に、驚くぐらいの美形がいた。金髪に青い目。


 カーテシーをしていた。


「このたびは、助けていただき、ありがとうございました」


「お前は貴族か?」


 あ。


「いえ、違います」


 わたしが言うと、旦那様はメイドさんを下がらせた。


「名前は?」


「メイです」


「本当の名は?」


「この名で生きていくことに決めました」


 旦那様はなにやら書き付けていたペンの手を止めた。

 まっすぐにわたしを見る。


「もっと前に来なさい」


 わたしは旦那様の前へと歩いていく。

 これ以上進むと、机の向こうの旦那様の顔が見えなくなってしまうので、その位置で止まる。


「粗方のことはレイから聞いた。お前の口からも話を聞きたい」


 え。レイが何を話したというんだろう?


「医師にお前を見せた。お前の体には無数の傷があった。日常的に暴力を振られていたものだという。レイは孤児院にいるといった。お前は最近孤児院に来た、と。お前のその傷は孤児院でつけられたものか? それなら私はその孤児院を見過ごすことはできない」


 はっとする。

 そんな院長先生や。孤児院のみんなに迷惑はぜったいにかけたくない。


「わたしが孤児院に行ったのは最近です。体の傷は、孤児院でできたものではありません」


 わたしは慌てて言った。


「そこで先ほどの質問に戻る。私はお前が本当のことを言っているか調べなくてはならない。だから本当のことを言え。お前の名前は?」


 すっごい分がわるい。


「……メアリドール・メロネーゼです」


「何歳だ?」


「6歳です」


「なぜ家を出た?」


 わたしは簡素に事情を話した。お母さまが亡くなり1週間もしないうちに、愛人とその娘が屋敷にきたこと。使用人扱いになり、暴力を振るわれていたこと。

 外で働けるようになるまで家にいて我慢するはずだった。いつもの妹の暴言。我慢することに慣れていたのに、その日は反射的に妹に手をあげてしまった。罰はいつも以上になるのは目に見えていた。いつもよりもっと痛い思いをすると思って、衝動的に飛び出したんだと。

 とりあえず町に行こうと、乗合馬車に乗ったら盗賊にあい、逃げているときに足を踏み外して川に落ち、流された。気を失って川原にいたところを、レイにみつけてもらって孤児院に運ばれたのだと。


「そしてまた孤児院を出たのか? やはりそこで何かされたのでは?」


「違います! 逆です」


「逆?」


「院長先生はとてもやさしい方です。わたしが正確には孤児でないと知っても、居場所ができるまで居ていいのだと、おっしゃってくださいました。

 お母様が亡くなって、父は孤児院への援助を打ち切ったのだと思います。そのせいでディバン孤児院がつぶれていたんです。その子供たちを先生は引き取ってくださったんです。ご自分の私財を崩しながらゼムリップ孤児院を経営してくださっています。

 とても優しくていい先生で、孤児院の仲間たちもいい子ばかりです。

 それが……領主のバカ息子が先生を借金のかたにとって、孤児院をつぶす気なんです。わたしはそれをなんとかしたくて、孤児院を出ました」


「なんとかするとは、あてがあるのかね?」


「はい、それにかけるつもりです」


 わたしは力強く頷いた。


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