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第15話 ハッシュ領

「で、ハッシュ領で、なにをするつもりなんだ?」


「それも話すけど、ふたりの知ってるハッシュ領のこと聞かせてくれない? わたしに話そうとしなかった理由は何?」


「お前の話が先だ」


 言い切ったレイをジークがチラッと見る。

 仕方ない。


「ハッシュ領の領主さまは、いずれヒロインを養子にするの。つまり、養父となる。彼は裏で国を牛耳ると噂されるようになる、情報ギルドのオーナーでもあるわ」


 わたしはヒロインパパの情報を話して聞かせた。

 話しているうちに思い出してくることもあった。

 体の弱い娘がいること。今7歳のはずで8歳の時に亡くなってしまうこと。

 その前に起こる、友達が亡くなってしまう悲劇。

 それによって人嫌いに拍車がかかるヒロインパパ。

 だからヒロインを養女とするのに、年月がかかるんだよね。

 その時期をどうこうすることはできないだろうけど。

 わたしは計画を話した。

 わたしがその娘ちゃんの友達になり代わることで、その子は事故にあわなくて済むかもしれないし、わたしは事故を知っているからそこは気をつける。

 友達が亡くならなければ、ヒロインパパも人嫌いにそこまで拍車がかかることはないだろう。

 わたしはヒロインの邪魔はしない。

 報酬で孤児院の借金が返せるかもしれない。

 誰も困らなくて、みんながハッピーになれる方法だ。


「それがわたしの計画よ」


 ふたりは顔を見合わせる。


「全部話したわ。ハッシュ領のことを聞かせて」


「お前、本気か?」


「え?」


「本気でハッシュ領に行く気で、ハッシュ領主の屋敷に転がり込むつもりでいるのか?」


 わたしはレイに頷いた。


「……はっきりいって、子供の俺が聞いただけでも、穴だらけで成功するとは思えない」


 うっ。

 レイは、自分が無理だろうと思うポイントをあげていった。

 まず、孤児の女の子が貴族の領主とそうそう出会わないと、そこからダメだしだ。

 馬車の前に飛び出すとか死ぬぞと言われ、そのお嬢さまも体が弱いなら滅多に家から出ないだろうと言われた。

 確かにお嬢さまとメイドの子供が出会うのもお屋敷の中だ。

 わたしは6歳。貴族のお屋敷に雇ってもらえるはずもない。


「メイ、レイは心配して言ってるんだよ」


 ジークがまぁまぁとは言わないが、間に入ってきた。


「でも、僕も無謀って気がしてる。

 ハッシュ領のことは、孤児院の大きい子から小さい子にずっと伝えられてきたことなんだ。

 あの領地に行っちゃいけない。あの領地では子供が行方不明になるんだ。

 多分、子供を拐って売っているんだと思う。親のいない孤児は拐って売るには最適だから」


 ジークが教えてくれた。


「……そういえば、そんな事件があった」


「事件?」


「うん。ハッシュの領地内で子供拐われてた。そういう噂があって、数年後、情報ギルドが掴んで、制裁をしにいくところで、領主さまとヒロインが会うの」


 そっか。ヒロインと会うずっと前からその問題はあったんだね。

 ハッシュ領は子供が拐われやすいところで。

 確かにお貴族さまと孤児が出会うとは難しいかもしれない。

 伯爵の馬車の前に飛び出ようと思っていたんだけど、捨て去られたらそこで終わりだもんなー。

 まずい。気持ちばっか先走ってた。

 ハッシュ領にいけばなんとかなると思ってた。


「ハッシュ領は谷を降りると行けるんだ。道通りに行くと、領地2つは跨ぐけどな。それにさ、たとえうまくいったとして、娘の友達になったからって金貨500枚も払うわけない」


 ……それはそうだ。わたしもそう思ってる。

 だからわたしはふたりには話さないけど、ギルドで働かせてもらえないかと交渉するつもりでいる。

 わたしは11年後の未来までを知っているから。

 それを武器に渡り合えないかと思っている。


「お前、何か隠しているだろ?」


 レイに凄まれる。


「隠してるって何をだよ? 未来のこと? わたしもなるべく思い出そうとは思っているけど、全部は無理だし、言ったって覚えてられないでしょ?」


 庭の先が騒がしくなった。

 あ、森に行っていた子たちが帰ってきたんだ。


 あ、わたしたちは畑の当番なのに。


「ちょっと、畑の当番誰? 水が撒かれてないんじゃない?」


 ナンの怒った声が聞こえる。


「今日は、ここまでで。教えてくれてありがとね」


 わたしは立ち上がって、畑目指して駆けていく。

 谷を降りる、か。

 場所がわかったのはありがたい。近道がわかったのもよかった。

 後はどうやって伯爵家に近づくかだけど……。

 ソフィアちゃんは毎月一度、教会に行っていた。

 体調が悪くなってもそれだけはなるべく続けようとするんだよね。

 なぜなら神官さまに祝福をしてもらうと、少しだけ元気になれる気がするから。

 気がするからだから、そう友達になった子に打ち明けていた。

 でも気がするだけだし、父親に言えば、毎日教会につれていかれそうな気がするので、言ってないんだよね。

 教会で待ち伏せをして……。


「ちょっと、メイ! 今日の畑当番はメイじゃない?」


「はい、ごめんなさい。すぐにやります!」


 ナンに見つかって怒られた。

 桶を持って井戸に行く。

 井戸から水を汲むのは、とても体力がいる。

 水をいっぱいにして、よろよろと畑まで運ぶ。そして桶に手を入れて、バシャバシャと土の上にこぼしながら歩く。

 水まきできるぐらい、水魔法が使えたらいいのに。


 たとえばこの桶の水を全部浮かせて、シャワーで畑に撒く。

 目を瞑れば、そんな自分を想像することもできる。

 踊るように軽やかに手を動かし、その動作に倣うように水が動く。

 畑にお水が降り注ぐ。

 バチャンと何かが落ちる音。

 目を開けて振り返る。

 レイとジークが目を見開いていた。

 何? ふたりとも桶を地面に落としていた。

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