目を開けると、古い木造りの知らない天井だった。
天井のどこにも穴は開いていなくて、家ネズミが走っていく音は聞こえない。
いつもの屋根裏部屋と違い、顔までしっかり上掛けでくるまらないと、寝ている間に齧られるなんてこともなさそうだ。
身体のあちこちに痛みが走る。
追いかけられて足を滑らせ、川に落ちたことを思い出した。
高いところからドボンと落ちた瞬間、終わったと思ったけど、驚くべきことに生きている。
ほっとしながらも、まさか17歳で死ぬ役どころだからと、助かったんじゃないわよね?と余計な考えが浮かんだ。
えーと。温かい手が、わたしの右手を包みこんでいた。
明るい茶髪。華奢な女性だろう。ベッドの横の椅子に座り、手を握ったまま伏せって寝息を立てている。まだ若そうだ。
夢の中で聞いた「大丈夫よ、何も心配いらないわ」と言ってくれたのはきっとこの女性だ。おでこに冷たい手拭いをあててくれたのも。
身体のあちこちに包帯が巻かれていた。
繋がれている手を動かさないように気をつけながら、そっと上半身を起こす。
痛っ。右足と左手首に強い痛みが走る。息を整えて、部屋の中を見渡した。
この女性の部屋かしら?
しっかりした造りだけど、古びた感じ。
この女性のベッドを奪っていたのね。部屋はわりと広くて、ベッドと机と椅子。それからクローゼットと本棚、それから小さなチェスト。
小さなノックがあり、控えめにドアが開いた。
同じぐらいの歳の男の子だ。黒い髪に赤い目の少年は、わたしと目が合うと、慌ててドアをしめた。
それからまたのそっとドアが開いて、今度顔を覗かせたのは、金髪に青い目の少年だった。さっきの子もそうだけど、小さいながらもイケメンだ。
その子は、口の前で人差し指を立てた。そうっと入ってきて、ベッドの左側にまわってきてにこっと笑う。
「起きたんだね、よかった。僕はジーク。君は2日も眠っていたんだ、お腹が空いたんじゃない?」
小さな声でそう言われた途端、空腹だったことを思い出した。
っていうか、2日も眠っていたのか。そしてその間、看病してもらっていた……。
「君、川に半分浸って、気を失っていたんだ。何か覚えてる?」
わたしは頷く。
「乗っていた馬車が盗賊に遭ったの。それで逃げる途中で、わたしは足を踏み外して……」
わたしも女性を起こさないように、小さい声で答えた。
高いところから落ちたけど、下が川だったから助かったのだろう。
「……食事を持ってくるよ」
話しながらわたしのお腹が鳴ったので、ジークは食べ物を持ってきてくれると言った。
しばらくすると、お盆にお皿をのせたジークが部屋の中に入ってきた。一緒に入ってきたのは、最初に部屋を覗き込んだ、黒い髪に赤い目の少年だ。
入ってはこなかったけどドアのところに、やはり同じかちょっと下ぐらいの子供たちが鈴なりになっていた。
尋ねるべきことはあるんだけど、空腹なところにスープを差し出されたものだから、一心不乱に食べてしまう。薄い塩味に野菜の切れ端が入ったもの。野菜が入っているだけ、ウチでわたしがいただいていたスープより上等だ。ドアから覗くひとりと目が合う。わたしが飲み込むタイミングで喉をゴクッと鳴らしている。
あ、これはひょっとして。わたし、この子たちのご飯を横取りしてしまったのでは?
わたしの視線で気づいたのか、ジークがドアを閉めに行った。
「あの、ごめんなさい。わたしがスープをいただいてしまったから……」
「気にしないで。君は怪我しているんだ。早く元気にならないと」
ジークがそう言った時、わたしの手を握っていてくれた女性が目を覚ました。
明るいブラウンの瞳。わたしを大きな瞳に映して嬉しそうに笑う。成人したてぐらいの17歳前後だろう。
「起きたのね。よかったわ。痛いところはない?」
「先生、お腹が空いていたみたいだからスープをあげたよ」
「まぁ、ジーク、ありがとう」
先生と呼ばれた女性は、わたしの持つ空の器に気付いて、にっこりとする。
「食べられたなら、本当にもう大丈夫だわ」
「あの、助けていただき、手当てもしていただいて、ありがとうございました」
「あら、まだ小さいのにとてもしっかりしているのね。あなたを川原で見つけたのはレイなのよ」
と、女性は振り返る。
黒髪、赤い目の少年はレイというみたいだ。
「ありがとうございました」
わたしがお礼を言うと、レイはふんっとばかりに顔を背けた。
「レイ!」
先生がレイの態度を嗜めると、レイは部屋を出て行った。
「ごめんなさいね、あんな態度で。とても優しい子なのだけど、素直に態度で表すのが苦手なの」
「いいえ、そんな。本当に助かりました」
先生と呼ばれる女性はにっこりと笑った。
「私はホーリー・サウテージ。このゼムリップ孤児院の院長よ」
やっぱり孤児院だったか。似ているわけではない子供たちが幾人もいたので、そういう施設なのかな?と思った。
「わたしは……」
本名を言いそうになって、わたしは咳払いで誤魔化した。
「わたしはメイと言います。乗っていた馬車が盗賊に襲われて、逃げる途中に崖から足を踏み外して……」
「まぁ、そうだったの。恐ろしい思いをしたわね。……ここはサンパウロ領と、バンリック領の境目にある孤児院なのよ。……メイは馬車にはどなたと乗っていたのかしら?」
「馬車にはひとりで乗っていました」
「ひとりで?」
「メイはいくつ?」
「6歳です」
「……どうしてひとりで馬車に? どこに行くつもりだったの?」
「母が亡くなり、住み込みで働いていたお屋敷から出なくちゃいけなくて。とりあえず町まで出て、働き口を探すつもりでした」
ホーリー先生は痛ましそうな顔をした。
「……メイのこれからのことは、ゆっくり決めていきましょう。まずは怪我をしっかり治さないとね」
ホーリー先生は優しい笑顔を向けてくれた。