久々に会ったダニエルとマリーナは、しばらくは南船町を拠点に文官として暮らしていたからか、疲れなども見えず元気な姿を見せてくれた。
時折マリエルは二人と会っていて近況は聞いていたのだが、実際に目にすると、国内のいろいろな都市を動き回って情報を集めていたときと比べると、はるかに健康そうだ。
どちらかと言えばひとところに留まって活動する方が向いているタイプの人達なのだろう。
渡が訪問すると、二人はとても歓迎してくれた。
それは素直にとても嬉しい。
将来の嫁の両親とは、できるなら仲良くしていたい。
とはいえ、相手は貴族でこちらは平民。
身分の差があると、どうしても少し構えてしまう。
まあ、同じ平民同士でも相手の実家には多少身構えてしまう人は少なくないだろう。
とはいえ、今日は大切な話をしにきていた。
渡が緊張するのも仕方がなかった。
テーブルを挟んで向かい合い、隣にマリエルがピンとした姿勢で座っている。
最初にお茶を一口いただいてから、話題を切り出した。
「モイー卿から、ハノーヴァーの領主に戻らないか、打診を受けていると伺いました」
「……その通りです。良く知っていますね。とはいえ、ワタルさんからすれば、知っていて当然かも知れませんね。なんでも領地に襲撃があった時、撃退に尽力していただいたとか。ありがとうございました」
「身に降り掛かった火の粉を払ったに過ぎません。それに俺は何もしてませんしね。今回の騒動はこちらのエア、クローシェ、ステラの三人の尽力によるものです。彼女たちは奴隷ではありますが、その功績を主人である俺が横取りするわけにはいきません」
「イッシッシ、アタシとステラがほとんど倒した。クローシェはおまけ」
「なっ!? お姉様?」
「クローシェさん、人前ですからぁ。はしたないですよぉ」
「クッ! ステラさんもっ! わたくしの味方がいませんわ」
「まあ、こう言ってますが、クローシェも間違いなく活躍してくれました。なので俺の功績じゃありませんよ」
なにせ俺はめちゃくちゃ弱いですからね。
そう言うと、ダニエルとマリーナはクスクスと上品な笑いを浮かべた。
「それに今回は縁あって、ハノーヴァーでコーヒー農園を経営することになりましたので、領地運営がたしかな方に代わるのは、とてもありがたいことです。打診は受けられるつもりですか?」
「ええ。今回は様々な点で、支援を確約してもらいましたので。危険は承知の上で、受けようと思います」
「そうですか。まずは領主復帰、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
祝いの言葉に、ダニエルとマリーナが頷いて喜びを表した。
マリエルとも予想していたことだが、やはり二人は領主に舞い戻るつもりのようだった。
これは別におかしな考えではないだろう。
領主一族として生まれ育ち、長年経営していた領地を離れざるを得なかったという事態のほうが、常識外れなのだ。
彼らが領地を離れたのは、モンスターの襲撃という災害後、財政がどうあがいても立て直せなかったためにすぎない。
そして、二人が領主一家に戻るというのであれば、懸念していたマリエルの身上をどうするか、という問題も確実なものになる。
渡は唾を飲み込んだ。
マリエルを手放さないためにも、覚悟を決めなければならない。
「その事を見越して、今日は一つお願いに参りました」
「何だろうか?」
「マリエルの今後の処遇に関してです。俺は……」
深呼吸を一つ。一気に言い切るには、少し勇気がいった。
視界の端に、口元を引き絞ったマリエルの顔が見えた。
そんな不安そうな顔をするなって。
ちゃんと言うから。
渡は目線を外したくなる気持ちをぐっと堪えて、一度ダニエルとマリーナの目を見つめた。
ギリギリ不敬にならないように、すぐに目線を胸元へと落とす。
「将来的にマリエルを妻として迎えたいと考えています」
「なんと……」
「あらまあ……」
「その際、事情があって、俺が婿入するのは難しいんです。俺の予想が的外れならばよいのですが、もしマリエルをハノーヴァー家に戻そうとされているのならば、俺は……厚かましいのは重々承知の上で、マリエルを手放すつもりはなく、かといって結婚後に家入りするつもりもないことを承知ください」
途中で余計な口を挟まれないように、しっかりと言いきった。
マリエルが渡の手の上に、手を重ねた。
マリエルも緊張しているのか、冷え切った手だった。
だが、マリエルの感極まった笑顔を見て。
俺は自分の考えが独りよがりになっていないことを、確信した。
「それは……一度マリエルを売ってしまった我々には、拒否できない要求だ」
「知っています。同時に娘を想う気持ちが、時に法よりも重たいことがあることも知っています」
ダニエルが重苦しい声で話しているのを、マリーナは真剣な顔で見守っていた。
渡の胃がキリキリと痛む。
手はじっとりと汗にまみれているし、心臓がバクバクとうるさいくらいだ。
「将来的というのは、どれぐらいを予定しているのかしら? 時期を選ぶ理由もあるのでしょう? 差し支えなければ、その辺りの理由について伺いたいです」
「俺が縁あって出会った女性が、マリエル一人ではないからです。全員が納得して結婚生活を送れるように、それぞれの家族と了承を得たいと思っています」
「金虎族に黒狼族、エルフと全員種族が違いますものね。価値観や風習が違うお相手ともなると、納得するのにも時間がかかるということですか。……貴方、わたくしは納得できました。貴方はどうですか?」
「む……うぅ……もとより私の迂闊な判断が招いたことだ。仕方ないと諦める他なかろう」
「私のではありません。わたくしたちの、です」
苦汁をなめるような表情で、ダニエルが同意してくれた。
そして、その責任の所在を分け合うように、マリーナがフォローする。
「ではっ――――」
「マリエルも納得しているんだろう?」
「はい、お父様、お母様。私は
「…………ならいい。親戚から跡継ぎを探すことにしよう」
やはり、マリエルを連れ戻したい、という考え自体はあったのだろう。
ダニエルはふうっと溜息をひとつ吐くと、わずかに肩を落とした。
だが、次の瞬間には貴族らしい、柔和ながらも毅然とした姿勢を取り戻していた。
ハノーヴァーという領地を運営するにあたって、苦難の連続だったに違いない。
それでも穏やかさと冷静さを保った人柄には、素直に尊敬の念を抱いた。
時代が違えば名領主として称えられていただろう。
「彼女が俺と一緒になって良かったと、幸せだったと振り返られるように、大切にします」
「ねえ、マリエル。ワタルさんのどういうところが好きなの? 惹かれたのはどういうところ? 教えて頂戴」
「お、お母様!?」
「お前っ!?」
「ワタルさんも、マリエルのことを想っているのでしょう? どういうところに惹かれたのかしら。あ、あと、後継ぎはどれくらい作るつもりなのかしら? 一人だとうちみたいに困ることになるから、たくさん生んで育てるほうが――」
ぼふん、とマリエルと渡の顔が真っ赤になった。
ほっと一息つく間もなく、マリーナからの猛攻撃が始まったのだった……!