異世界の美術や芸術では見たことがないような作品を用意する。
モイーに提示された要求は、実は相当に専門性が高い。
まず現地の美術、芸術の全体的なレベルを把握していること。
そのうえで、まだ世に出ていないような、感性を刺激する作品を用意すること。
前者は高度な知識を求められ、後者は特殊な人脈を求められる。
これが渡でなければ――たとえばウェルカム商会などであれば、「冗談はよしていただきたいですなああああ! ノーウェルカアアアアアム!」となるような案件であった。
とはいえ、渡は地球の芸術、美術について調べればある程度は分かるとして、異世界の芸術がどれほど進んでいるのかは把握できない。
そこで、マリエルとステラの二人の知識が重要になった。
特に、マリエルは王立学園に在籍して他の貴族が主催するパーティなどに参加しているから、否応なく触れることになる。
それに、地球での知識を図書から集めることを好むマリエルは、こちらの文化文明についても非常に詳しくなっている。
特に異世界との交易品に関わる知識は優先的に頭に入れてくれているはずだ。
「私の知る限り、ご主人様の世界で言うところのゴシック様式といったところでしょうか。とはいえ、ステンドグラスなどの制作はあまり進んでおりませんし、宗教画や宗教建築、彫刻作品などは今も多く作られていますので、まったく同じとは言えません」
「まあ、いるかどうか分からないとされてるこちらの宗教よりも、神の実在がわかってる異世界のほうが、作品の主題として残りやすそうだよな」
「とはいえ、自然主義、細密画などの美術品もかなり隆盛を誇っていて、王都ではかなりの数の作品が見られました」
なるほどな、と納得する。
やはりこの辺りは、地球側の技術や知識の体系が活かせる分野なのだ。
とはいえ、異世界は地球とまったく同じように技術が発展するわけではない。
特に恐ろしいぐらいに進んだ技術がある。
それが魔法や錬金術を利用した分野だ。
「ステラも技術的な面において、知識を貸して欲しい。頼んだぞ」
「お゛っ❤ も、もちろんですわあ…………うっ! ふぅ……ふぅ……」
濁った声を上げて、ステラがブルブルと震えながら頷いた。
貸本屋では、読者に直接体験をさせるような、特殊な本が製作されていたりと、現代のVRなどが足元にも及ばない技術があったりと、別世界ならではの技術体系を持っている。
当然、美術品や芸術品にも、そういった技法が存在していたり、あるいは絵具などの画材そのものが独自性を持っている可能性は否定できなかった。
実際に、ガラスについての技術は非常に貧弱と言えたが、陶磁器に似た色合いの器は存在している。
強力なモンスターや植物を土に混ぜたその器は、光沢のある白さを持ち、釉薬の色も鮮やかで、高値で取引されているようなのだ。
そのような作り手側の知識として参考にしたいのが、ステラだった。
今も渡に期待されているというだけで熱っぽい瞳をして、早くもアヘオホと言いかねない狂信者爆乳エルフは、錬金術師としての腕前はたしかだ。
いや、本当に大丈夫か?
「大丈夫です、問題ありません……」
こいつ直接脳内に……!?
「いえ、声が漏れていましたよー」
「そ、そうか。それで、錬金術を芸術や美術に使うような技法ってあるのか?」
「ええ、それはもう、凄いのがありますねえ」
「たとえば?」
「その時に制作者が感じたであろう感情をそのまま伝える絵とか有名ですかねえ。失恋した直後の思いの丈をぶつけた、『ラゴールの悲恋』とか有名ですう。自分の失恋を思い出して、涙する人も多いとかあ」
「物によってはすごく迷惑な作品になりそうだな……」
「そうですねえ。狂信者が信心を広めるのに使おうとしたり、政府の転覆を企てたりと危ないことにも使えてしまうでしょうねえ」
渡の頬が、恐怖からヒクついた。
SNSの情報操作など鼻で吹き飛ぶレベルの恐ろしい大衆操作だ。
「じゃあ神殿とかに行ったらそういう作品があったりするのか?」
「いいえぇ、神々はそういった手法で信者を得ることを良しとしておられないようですう。基本的には、ですが」
「いわゆる邪教徒にはそういった手法を行使する者もいるかもしれません」
ステラの言葉をマリエルが補足してくれた。
まあ、別の神の怒りを招いたりして、収拾がつかなさそうな話ではある。
自分の信者が強制的に信心を捻じ曲げられたら、宗教戦争待ったなしだろう。
そんな納得をした渡の前で、ステラが世界の真実に気づいたように目を見開いた。
「そ、そうですうっ! もしや、あなた様の素晴らしさを世界に知らしめるチャンスではあ!?」
「や、やめろ! 絶対にやめろ! フリじゃないからな!」
「そんなっ!」
「ダメだ! ステラみたいなのは二人もいらない」
「あなた様は謙虚ですねえ。うう……残念ですう」
とても不満そうな声で、渋々ながらも、ステラは了承した。
渡の言葉を無視するとも思えないが、狂信故に迷走しないとも限らない。
ここはしっかりと釘を差しておかないといけないだろう。
渡はステラの細い柳腰を引き寄せると、顔を近づけた。
こうして間近でしっかりと見ると、目鼻立ちの整った、超正統派の美女なんだよな。
黙って立っていれば、マリエルやエアよりも美しい造形をしている。
「へうっ……!?」
「いいか、ステラ。俺の魅力はお前たちが知ってたらそれで良いんだ。多くの人に知られるより、その分ステラが独占したほうが良いんじゃないか?」
「は、はぃぃ……仰せのままに」
エルフ耳をピコピコと動かし、目はグルグル。
頬は赤らんでうっとりとした表情を浮かべ、ステラは今度こそ
これで大丈夫だろう、多分。
いや、本当に……?
いつかどこかで爆発しそうで、少し怖さを感じる渡だった。