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第14話 ハノーヴァー騒動のその後

 渡はマリエルたちを連れながら、ゲートを潜って異世界に来ていた。

 最近は地球でばかり活動していたから、異世界に来るのは久々になる。


 地球での活動を進めたいところに、わざわざ来たのには理由があった。

 モイー卿が時間がある時に来館するように書状を送っていたのだ。


 異世界における渡は、個人宅を持たない。

 そもそもが居住していないのだから、常時連絡の取りようがない。


 そのため、連絡先は倉庫にある郵便受けに投書をしてもらう形で、連絡を取っていた。

 今回は砂糖とコーヒーを補充するのに、エアとクローシェが倉庫に商品の搬入をしていたところ、投函されていた召喚状を見つけた、という流れだ。


 もう一つが、ウェルカム商会を窓口としたもので、これは異世界で商品の殆どを、ウェルカム商会を通じて販売しているためだった。

 希少な白砂糖やコーヒーの仕入れ先である渡たちと連絡を取りたいと願う者は多いが、良くも悪くもウィリアムたちが壁となって遮断し、連絡が取れるものは少数という狭き門になっていた。


 モイーが渡に連絡を取りたがるとなれば、一番に思いつくのが酒の要求か、珍しいコレクションの希望といったところだが、召喚状の中身をマリエルが読んだところ、まったく別の話だった。


 ハノーヴァー騒動のその後について、直接に会って話がしたいとのことだ。

 余人には話せない内容が多いため、文章では具体的な話の内容には踏み込まれていない。


 また、渡は商品の仕入れのため、長期間町を離れることも多い(ということになっているし、実際に異世界という世界を隔てる長距離にいる)ため、召喚はナルハヤを希望されていて、具体的な日付は指定されていなかった。


 ハノーヴァーについては、渡たちは当事者であり、被害者でもある。

 その後がどうなったのかは気になるところだ。


 ひとまずは領主館に向かうことになった。




 と、ここまでが前段。

 タイミング良くモイーにすぐさま面会が叶い、面会室に招かれた。


 もともと護衛や部下が幾人も詰めている広い部屋だが、今は信頼できる部下に固めているのか、人数が少ない。

 エア、クローシェ、ステラという一騎当千の強者たちに備えるためか、相当な猛者が護衛についているらしく、珍しくエアが渡の側を離れなかった。


 モイーはとても疲れた顔をしていた。

 あまり寝ていないのか、目の下にはかなり濃い隈が浮かんでいる。


 肌の血色もあまり良くなく、目頭を揉む姿はいつもよりも小さく見えた。


「良く来たな、渡! まあひとまず座れ」

「お久しぶりです。失礼します」

「コーヒーを飲むか? それとも珍しいジュースでもどうだろうか? 我の領地で採れる果実がちょうど収穫期でな、サッパリとした口当たりで美味いのだ」

「あ、それでは、ジュースをいただけますか?」

「うむ、すぐに用意させよう」


「人と一日中会う仕事をしていると、コーヒーを何杯も続けて飲むこともあってな、美味いのだが、そればかりだと困る」

「そうでしょうね……。眠気覚ましには良いですが、飲み過ぎは胃や心臓の負担になりますし」


 陶器の器に出されたジュースは、淡黄色をしていて、半透明。

 香りは柑橘系を思わせる爽やかなもので、喉越しは軽く、サラッとしている。


 口に含んだ瞬間にふわっと甘さとシャリシャリとした食感が広がって、渡は知らず笑みを浮かべていた。


「美味しいですね、これ」

「今うちの領地で販売先を広げようと増殖しているのだ。とはいえ生物なまものだからな、この季節以外は飲めない。乾物にするには甘さが控えめだし、ジャムにすることが多い。できればこのジュースの美味しさをもっと広めたい。もし保存方法についていい手があれば、考えておいてくれ」

「分かりました……。難しい話ですが、考えてみます」

「さて、今日話たいことは、事前に伝えていた通り、例の騒動のその後についてだ」


 喉を潤し、場があるていど暖まった後で、モイーが表情を固くした。

 あっ、これはあまり良い知らせではないな、とその瞬間に分かる。


「実は君たちが捕らえた諜報員たちだが、護送中に襲撃を受けて全員を取り逃がしてしまったようなのだ」

「そうですか」


 奇襲を受けたとはいえ、クローシェが倒されたような相手だ。

 相当な手練れであることは間違いなく、野に放たれたとなれば、今後も嫌な働きを続けるだろう。


 ええー、と声が出そうになったが、いかに親しい相手とはいえ、相手は貴族。

 渡はかろうじて言葉を飲み込んだ。


「私は護送車に十分な兵力が集まるまで、現地に留めておくように命令を出したのだが、一刻も早く現地から離したかったらしく、独断専行した形になる。結果としては最悪の事態を招いてしまった。すまない……君たちの功績を無に返してしまうような失態だ」

「も、モイー様!? 頭を上げてください! お気持ちはすでに受け取りました!」


 驚いたことに、モイーが頭を下げた。

 本来、貴族は軽々しく頭を下げない。


 マリエルが慌ててモイーの謝罪を受け容れた。


 それは、封建制度の基盤を弱めてしまうことにも繋がるからだ。

 過ちは認めても、謝りはしない。

 その一線を越えてまで、モイーが謝罪したのには、誠心があった。


「現場の独断、命令違反とはいえ、忸怩たる思いだ。担当者が責任を取るのはもちろんだが、我としてもこの失態は必ず拭うつもりだ」


 ある意味ではモイーもまた被害者だろう。

 それでも、モイーは自身の責任において、問題の解決を約束した。


 その姿には、一代で大きく成り上がった貴族の矜持が見えるようだった。

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