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第13話 渡の覚悟

 薬草園に転移ゲートを設置できたことで、渡たちの活動範囲は相当に広がった。

 なによりも、現状で監視の目を確実に掻い潜って活動できるようになったことは、大きな意味を持つ。


 再び自由に活動できる権利を獲得した、と言えるだろう。

 今後は可能であれば、別の場所にもゲートを設置するなり、あるいは、お地蔵さんや寺社仏閣を巡って、他にも移動できる転移先がないか探してみたいところだ。


 今のところ根拠となるものは見つかっていないが、ゲートが他にもある可能性はけっして荒唐無稽とは言えない説だと思う。

 あるいは、過去の偉人として松尾芭蕉に忍者説が唱えられたりするのは、ゲートを利用していたからでは、などとも考えられなくもない。


 渡は特別なことをしている自覚はあったが、自分が選ばれた特別な存在だとは思っていなかった。

 そこまで強く自惚れられるほど、自分の才覚に自信はなかった。


 それならばもっと早く、一角の人物として頭角を現していても良かったはずだ。




 松岡との取引を終えた渡たちは、しばらくは自宅にこもり、世の中の動きを見ていた。

 変な注目を集めないか、自分たちの正体を探るものが出てこないか。


 余計な騒動に巻き込まれるのはこりごりだった。

 そのためにも、早急に手を打つ必要があった。


「見てよ、マリエル。松岡さんが話題になってる」

「ずいぶんと注目されてるみたいですね。軽く調べただけでも、たくさんの記事になってます」

「ああ。綾乃さんとも親友で、同じようにビックリするぐらい若返ってるわけだから、そりゃ注目もされるだろうな」

「美容整形やアンチエイジングケアの特集が報道されていたり、美容業界関連株の株価が上がりそうな気配がしますね」

「あんまり投資は控えめにな」


 松岡の変化は少し若く見える、というような話ではない。

 明らかに、日を追うたびに若返って、その度合も二十歳近くの変化がある。


 たとえば元々が若々しい見た目の人であっても、五十歳と三十歳の違いはあまりにも大きい。

 間近で顔を見る同業者や、直接肌を触れるメイクならば、なおさら顕著に感じるに違いない。


 シミやシワは美容整形でなんとかなる。

 だが肌本来がもつ輝きや厚み、水分量といった、普通の化粧品や美容整形では限界を超えた変化は、見た者に驚愕をもたらしただろうと容易に予想された。


 とはいえ、今回の注目に反して、マスコミの秘密の正体に探る動きは非常に鈍かった。

 美容整形や化粧品についての特集を組み、大手スポンサーを持ち上げるような報道内容がほとんどだったのだ。


 なかには運動や栄養バランス、睡眠といった、健康的生活そのものにスポットを当てた番組も多かった。

 松岡のストイックさは有名だったらしく、あながち間違いとも言えない。


「ご主人様も悪い人ですね」

「おいおい、提案したのはマリエルだろう」

「採用したのはご主人様ですから、私なんてとてもとても……」


 フッフッフッ、と態とらしく悪い笑みを浮かべて、お互いが見つめ合った。

 可愛らしい虫も殺さないような顔をして、なかなかあくどい策をマリエルは提案してきたのだ。


 渡たちは、この温泉の素を贈呈品として利用することに決めたのだった。


 ことここに至って渡たちが温泉の素の提供先を増やしたのには、大きな理由があった。

 若返りが一人ではなく二人でた、ということは、何らかの再現性があると予想する者が必ず出てくるはずだ。


 渡たちの商売において、『温泉の素』はメインにはなり得ない。

 というのも、量産することが不可能だからだ。


 碧流街の源泉近くはすでに王家に押さえられており、多少裕福な渡程度では手も足も出ない。

 モイー卿との伝手を使っても無駄だろう。


 となると、異世界において高額を支払って温泉の素を大量購入したところで、大きな儲けには繋がらないのだ。


 それならば、ポーションの大量生産体制を整えるほうが、はるかに優先度が高かった。

 それでもこの商品の販売先を広げるのは、若返りが人類において変えの効かない魅力だからだ。


 特に女性にとっては、七十歳や八十歳になっても、真夏に長袖で日焼け防止をしたりと、美への欲求は極めて高い。


「高濃度の『温泉の素』は高額帯だが、希釈されたものはお値打ち価格なんだよな。効果も大きく違うけど、それ以上に値段がぜんぜん違うから驚いた」

「ですが、こちらでは唯一無二の商品になりそうですね」

「ああ。きっとあらゆる対価を惜しまずに求める人が出てくるだろうな」


 綾乃小雪や松岡美緒といった劇的な変化は得られない。

 比較すればささやかなものだろう。


 だが、使えば確実に若返る美容液が手に入るとなれば、金銭的な取引だけでなく、強力な便宜を図る人が必ず出てくる。

 協力的でない人に対して提供を取りやめるとなれば、迂闊には軽んじることもできなくなる。


 一度その効果を知ってしまったら、手放すことなどできなくなる。

 渡たちは『中心地から離れて希釈された温泉の素』を、まずはマスコミ上層部の女性陣に贈ることを決めたのだった。


 折衝役には綾乃と松岡の二人が喜んで協力してくれた。

 特に綾乃は、この一年間で強引な聞き取りに辟易としていたらしい。


「今後ポーションの製造が軌道に乗ったら、いやでも注目されて付き合うことになるんだ。主導権は握っておいたほうが良い。俺もさすがに覚悟を決めたよ」


 これまではどうやって目立たずに動くかばかりを気にしていた。

 だが、最終的にポーションが世に出れば、隠れ続けることは不可能だ。


 受動的に注目を浴びるのが嫌なら、能動的にコントロールするしかない。

 どうしても報道されてしまうなら、報道のされ方を最低限には好ましい方向に動かす。


「ポーションの大量生産に取り組みはじめるぞ。これからも協力を頼む」

「はい、お任せください」


 渡の言葉に、マリエルが力強く頷いた。

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