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第09話 この光こそ聖なる光だ!

 ゲートの設置は、渡たちの活動に大きな変化をもたらすものだ。

 瞬時に長距離移動が可能になる。


 これだけで、まず非常に大きな意味を持つ。

 東京に一つ設置するだけでも、活動の幅は非常に大きく広がるだろうし、海外でも同じような効果を得られるなら、その恩恵は計り知れない。


 特に巨額が動く商談になればなるほど、嫌でも直接対面することの意味は大きくなる。

 アプリ一つで顔を見ながら世界中の相手とコミュニケーションを取れる時代に、世の政治家たちが直接会談をするのも、直接会うことの意味や意義が大きいからだ。


 高額帯の商品も、やはり直接手渡しすることが基本になってくる。

 店の雰囲気や内装、接客も含めての価格になっていることが多い。


 それだけでなく、ゲートには人除けの効果もあるため、秘密を抱えるのにはもってこい。

 今後尾行が恒常的になってしまう可能性も考えれば、色々な拠点に一つずつ設置しておきたいところだ。


 それはそれで、移動した形跡がないにも関わらず、誰にも知られず長距離を移動している、という新たな問題も生じさせるが、それは可能になってから解決すべき問題だろう。


 渡は礎石を置くと、その前に跪いた。

 ごくり、と思わず唾を飲む。


 今度は、上手くいくだろうか。


 まだ二回目ということもあるが、非常に緊張を強いられる。

 相手は超常的な存在だし、ゲートの仕組みも超常現象であって、仕組みが一切分からないものだ。


 下手な手を打って、神々から怒りを買うことが一番恐ろしかった。

 中途半端に成功して、わけも分からないところに跳ばされるのも御免だ。


 すう、はあ、と深呼吸を繰り返す。

 普段落ち着いた態度を変えないマリエルも、今は微笑が消えて緊張した表情で見守っていた。


 大丈夫だよ、きっと今回は成功させてみせるから。

 渡は無理矢理に笑みを作った。


 表情筋が上手く動かず、ぎこちない笑みしか浮かんでこない。


 落ち着け。

 深く息を吸い、慎重に言葉を紡ぐ。

 噛んでしまったり、言い間違いは絶対に避けなければならない。


 どこに地雷が潜んでいるか分からない。

 ゆっくりと、一語一語をしっかりと発音していった。


「願います、願います。

 此方より彼方まで、マナの糸よ、次元を縫い合わせ、

 時空の波を揺らし、境界線を溶かせ。


 無限の可能性が交差する場所に、

 門を開き、道を拓け。


 混沌と秩序の狭間に、

 新たな世界への入り口を築け。


 我が言葉に力を、我が意志に形を。


 幾重もの現実が重なる刹那に、

 扉よ、今ここに。

 標に従いて、顕現せよ」


 ――どうだ!? やったか!?


 渡が目を見開いて、わずかな変化も見逃さないと待ち構える。


 すると、礎石から眩い光がぶわっと広がり、まぶしくて目を開けていられない。

 この反応は、ハノーヴァーで見たものだ!


 ただ……目が痛い!


「ああっ、目がっ、目があああああ!」

「ご、ご主人様!? 大丈夫ですかっ? しっかりしてください!」

「ううう……迂闊だった。光が放たれるのは知ってたのに、思いっきり直視してしまった」


 視界が真っ白になって、手で目を押さえる。


 おそらく間近で直視しすぎたせいだろうか、あまりの光の刺激に、目が痛かった。

 涙がボロボロとこぼれる。


 しばらく瞼をパチパチとしていたりしたが、最初はほとんど何も見えないでいた。

 気づけばすぐとなりにマリエルが立っているようで、体に触れられて気付く。


 手を握られ、その手を頼りに立ち上がる。

 幸い視界は徐々に戻ってきて、問題なく見えるようになった。


「ふう、ひどい目にあった。手、ありがとな」

「いいえ、大したお役にも立てずすみません。ポーションを飲みますか?」

「いや、いいよ」


 ゆっくりとだったが、すでに完全に視界は戻っている。

 わざわざ急性治療ポーションを飲むほどではない。

 不注意とは言え、ひどい目にあった。


 設置したばかりのゲートを見る。


「どうも成功したみたいだな」

「そうですね、ご主人様、おめでとうございます!」

「ありがとう。みんなのおかげだよ」

「その言葉、エアたちにもぜひ聞かせてあげてください。きっと喜ぶと思います」

「うん、そうするよ。特に今回は珍しくクローシェに助けられたなあ」

「珍しいなんて言うと、また拗ねますよ」

「おっと、気をつけないとな。功労者には間違いないんだから」


 まだ起動させた訳ではないが、成功したのは直感的に分かった。

 周りから隔離された結界の中は、独特な雰囲気がある。


 あとは本当に成功したかどうかを確認して、問題なければこれを増やす方向でいく。

 実際に使用してみることで分かることもあるはずだった。


 時間にしてみれば十分ほどしか経っていない。

 エアやクローシェ、ステラたちは、自分の役割を果たすために働いているところだろう。


 この山は他人に知られていないから、人の目を気にすることなく過ごすことができる。

 管理人の只野は祖父が紹介してくれただけあって実直で口も固く、信頼できる人だ。


 渡たちは工房に残って、しばらく自分たちの仕事を進めることにした。



 渡がハノーヴァーに出かけたり、あるいは尾行を続けるスパイを撒くのに苦戦している間にも、ポーション販売の依頼は続々と溜まっていた。

 とはいえあまり露骨にも動けず、販売方法を考える必要があったのだ。


 今はスパイの活動も少し落ち着いているから、販売を再開するのにちょうど良かった。

 とはいえ、いつか完全に決着をつける日がくるだろう。


 その時はもしかしたら、エアやクローシェ、ステラたちの力が必要になるかも知れない。


 渡は依頼文を確認しながら、販売する相手を選んでいく。

 メールの文章だけで人を判断するのは難しい。


 秘密保持契約のことをしっかりと把握しているか、初対面の人間を相手にしているのに、失礼な文章になっていないか。

 短い文章ですら粗が見える相手は、そもそも論外だと省いていく。


 商品の価格帯が高いことと、紹介者を必要としていることから、あまりそんな失礼な相手は多くなかったが、それでも一定数が省かれることになった。


 それぞれのメールの文面は、かなり長いものが多い。

 自分の経歴や症状、悩み事を書くのだから、読むのも一苦労だ。


 何らかの分野の成功者の故障、アクシデントによる負傷。

 大切な家族が大きな怪我をしていたりと、皆が必死で、かつ生活への影響が大きい人ばかりだ。


 可能であるなら、全員に販売したい。

 そして治って喜んでもらいたい。


「マリエル、スケジュール調整を頼む。今月は販売強化月間としよう」

「了解しました」


 マリエルと分担して、メールの返信をしていく。

 相手にも都合があり、来阪する日程調整が必要だ。


 中東の王族が相手で、かつまったく移動できないような状況でもなければ、渡から移動して売り込んでいくつもりはない。

 世界で自分たちだけが売れる商品を持っているということもあって、渡の交渉は基本的に強気だった。


「ん、これは……?」


 メールを確認していく中で、綾乃小雪から届いたものがある。

 前回に販売した化粧水の販売の希望と、在庫があれば知り合いにも売って欲しい、というお願いだった。


 そうか、前回販売して、もうすぐで一年が経つのか。

 時の流れは早いな、と思った。

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