上海飯店で散々にスパイたちを翻弄した後、渡たちは行動を開始した。
渡が予想した通り、スパイたちの尾行の密度は明らかに薄くなっている。
いつまでも尻尾を出さない渡たちの後をつけ続けるよりも、周りの諜報組織から盗み出したほうがマシだ、と判断した組織がいる、ということだ。
そして、そういう動きを察知した以上は、防諜に人手を割かないわけには行かない。
結果として、渡たちへの尾行は最小限に抑えられ、もし行き先が分かるならば、すぐさま連絡を取る、というような形に落ち着いている。
渡たちの今日の目的は、地球側のゲートの設置の再挑戦だ。
「どうやら作戦は成功したみたいだな。マリエルのお手柄だ」
「うまく行ってよかったです」
「しかし、よく相手の本拠地に乗り込むなんて考えたな。話を聞いたから納得してたが、ヒヤヒヤしたぞ」
「関係ないところだと、無関係な人たちに迷惑がかかりますし……」
「それも大切だけど、俺にとっては赤の他人より、お前たちのほうがよっぽど大切だからな」
「そうは言っても、エアとクローシェ、ステラまでいてどうこうなるとは思えませんでしたし」
「それもそうだな……」
思わず納得してしまう。
実際にスパイたちに囲まれた状況だったのに、渡が落ち着いていたのは、彼女たちの能力に絶大な信頼をおいていたからだ。
いつも通り、より簡単に尾行を撒いた渡は、レンタカーを借りる。
何度も繰り返しただけに、すでに相当に慣れた。
「今度は起動してくれると良いんだけどな」
「大丈夫ではないですかあ?」
「どうだろうなあ……。クローシェが一生懸命に彫ってくれたから、上手く行ってほしいが」
榊原千住が取ってくれていた設計図のコピーをもとに、石に文様を刻み込んだ。
石を彫刻していったのは、クローシェの働きだ。
意外にも、というと失礼だが、クローシェは手先が器用で、彫刻の経験もなかったのに、上手くノミと木槌を使って、設計図通りに刻み上げた。
驕り高ぶったり、油断さえしなければ非常に、本当に非常に器用で優秀だった。
「わたくしの作品に間違いはありませんわ! 今回はステラさんにも確認してもらっておりますのよ!」
「あの自信過剰で、あと一歩が残念だったクローシェが、人に確認を求めるぐらい成長して……うっ、思わず涙が」
「ご主人様、ここまで長かったですねぇ……ううっ」
「ちょ、主様!? マリエルさん!? わたくしの扱いが酷くありませんことっ!?」
「話も聞かず、いきなり人に勝負をふっかけて、自分が奴隷に堕ちたクローシェが……」
「カジノでご主人様の稼ぎを全部スッたクローシェが……」
「あうあうあう……」
マリエルと二人で思わず目頭を押さえていると、クローシェが口をあわあわと震わせていたが、反論する言葉がないらしい。
実際にひどい失態も多かっただけに、こうやって最終チェックを人に任せるようになったクローシェの成長は、非常に大きな進歩だろう。
もともと戦闘だけに特化しているエアと違い、クローシェはそれこそ万能と言っていいほど多方面で才能を開花させていた。
渡としても、クローシェに任せられる範囲が増えるのは、とても助かる。
「もうっ、もっと素直に褒めてくれても良いではないですか!」
「そんな怒るなって。綺麗な顔が台無しだよ。俺はいま感動してるんだ。自分の弱点をちゃんと把握して、人に頼れるのは凄いことだぞ。これからもその調子で頼む」
「そ、そうですの? ま、まあわたくしに何でもお任せになってくださいな! お、おーっほっほっほ!」
多少に疑問を残しているクローシェだったが、最終的には納得してくれた。
渡の言葉にはまったく嘘がない。
臭いを嗅いで、その辺りの本心を理解しているだろうクローシェは、どことなく渋々といった様子だったが、受け入れた。
今度、ねぎらいも兼ねてウェルカム商会でもらった透明服でも着させて天王寺公園でお散歩してあげたほうが良いだろうか?
きっとプルプルと震えながら喜んでくれるはずだ。
レンタカーをPUIPUI! と走らせて山に到着すると、少しずつだが薬草園が広がっている。
変化は地味だが、その少しずつ、着実に、というのが大きい。
しかし、同時にこれを一人で管理し続けるのも、やがて無理が生じてくるのだろうなあ。
山の管理人を増やさなくてはならない日が、いつかきっと来る。
そうなると、また人を雇う必要があるが、信頼できる人をどうやって探せば良いのか。
現状でさえ、スパイに尾行されているのだ。
不用意な求人募集をかければ、確実に内部にスパイを抱えることになってしまうだろう。
エアとクローシェの内心を探る能力を駆使しつつ、徐々に信頼調査をして、本当に任せる人を選りすぐるしかないのか。
多大な労力が掛かりそうで、想像しただけで憂鬱になりそうだ。
「エアは木を切り倒してくれ。クローシェとステラは、侵入防止壁を進めてくれ。俺とマリエルの二人で、ゲートの設置をする予定だ」
「分かった!」
「頼んだぞ。これはおやつの回転焼だ。御座候のつぶあんだ」
「よーし! がんばる!」
エアがおやつを片手に手を挙げると、元気いっぱいに伐採作業に取り掛かり始めた。
しばらくすれば次々に木が切り倒される轟音が鳴り響くことだろう。
「では、わたくしとステラさんは、壁の構築をしてきますわ」
「あなた様、すぐに戻ってきますねえ」
「おう、二人とも使いすぎてバテないようにな」
「ではご主人様、私たちも行きましょうか」
「ああ。フォローだけ頼む」
榊原に世話になり、クローシェが頑張って用意してくれたのだ。
今度はうまく行ってくれると本当に良いな、と思いながら、 マリエルと二人で手を繋ぎながら、渡はゲートの候補地に向かった。