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第07話 疑心暗鬼に陥る者たち

 大きな中華テーブルを囲んで座った渡たちは、提供されたお茶を飲みながら、料理を待つ。

 渡も食欲はある方だし、なによりもエアとクローシェは健啖家でよく食べる。


 せっかく本格的な店に入ったのだからと、給仕が驚くほどたくさんの料理を次々に注文していた。


 さて、渡たちのいる個室の右隣にはアメリカが、向かい側にはロシアが。

 左隣には中国、裏側にはイギリス、その他少し離れて中東とドイツといった、世界中の諜報員たちが個室にびっちりと詰めていた。


 当然のことながら、それぞれのスパイたちは、別室にいる他国の諜報組織については気付いて、この場が中国諜報機関の活動場所であることも十分に理解していた。


 とはいえ、渡たちが尾行を撒くことなく堂々と訪れたこの機会を逃すわけにもいかず、虎穴に入らずんば虎児を得ず、の思いで潜入している。

 スパイたちがしわぶき一つ立てず、せっかく出来上がった料理に一切手を付けずに耳をそばだてる中で、渡たちはいつもどおりに話をしていた。


 これはマリエルの案だ。


「そろそろまたモイー卿には、贈り物を考えないといけないのではないですか? 前回釘を差されたわけですし」

「うっ、たしかに……。前の訪問から間が空いてるな」

「個人的にもお世話になっていますし、ご主人様の後ろ盾になってくださっている方です。あまり機嫌を損なうわけにもいきません」

「そうだな。ただ、あの人は目が肥えてるから、何を贈るか毎回悩むんだよなあ」

「純粋に高価な物を喜ぶような性質の方でもありませんしね」

「蒐集家が好みそうなものか……」


 渡とマリエルの二人の会話は深刻そうであり、また演技の気配がまったくない。

 というか、周りの護衛と思われていたエアとクローシェは、出てきた点心に舌鼓をうち、ひたすら「うめ~、この北京ダックとかいうの、マジでうめ~」「あっ、お姉様、鮑のオイスターソース煮はわたくしのですのよ!?」「早い者勝ちだし」などと言っており、緊張感がまるで見られない。




 頭を抱える渡の姿に、隣室では推測が行われる。

 モイーとははたして誰なのか。


 相当に影響力を与える人物であり、調査対象者の渡と昵懇な関係を伺わせる。

 だが、渡の戸籍上、あるいはこれまでの出身校や就業歴、仕事関係者から該当する人物が出てこない。


 隣の部屋にいる別のスパイには分かっているのか?

 じつは分からないのは自分たちの国だけで、通じ合っている奴らがいるのか?


 そっとスパイたちは別の個室に意識を向けるが、そこには泰然とした同業他社の姿があった。


 ま、まさか知らないのはだけか!?


 自分たちだけが出遅れているなどと、周りに知られるわけには行かない。

 ある国のスパイは、自分たちもしっかりと押さえているぞ、と精一杯の虚勢を態度に張り付かせる。


 その姿を見て、隣の部屋のスパイも平然とした態度を装う。

 まったく同じ動きを、その隣でもしていると気付かず。


 お互いがお互いを探り合い、ありもしない態度の僅かな兆候を拾って動揺し、疑いを深めていく。

 そしてどれが真実で、どれが嘘なのかも、お互いで事態の混迷を深刻化させていった。


「しかし、モイー卿には世話になったけど、あの後どうなったんだろうな」

「今度話を聞いてみないと分かりませんね。さすがに潜伏だけでなく襲撃まで受けたとあれば、黙っているわけにもいかないでしょうし。抗議は当然として、報復もあり得るかと」

「下手をすれば戦争だろう? 首都にも諜報員を送り込んでて壊滅させたってわけだし、あの人はもともと有能だけど、そういう方向にも優れてるんだな」


 戦争!? 諜報員!? 壊滅!?

 渡とマリエルの会話に、周りの個室に緊張した空気が流れる。


 一体どこの国の話をしているんだ!?

 何を、どこまで掴んでる。


「俺達も安全を考えると、公安あの機関ぐらいには誼を通じて、話を通しておくべきなんだろうな」

「そうですね。あとはどうやって接触するかですが、考えはあるのですか?」

「いや、今はどうやって伝手を得ようか考えてるところ。これが上手くいけば、人の後ろをコソコソ嗅ぎ回ってる人たちも、難しくなるだろうし」


 渡の発言に、周りの空気がひりついた。

 スパイ天国、などと呼ばれる日本だが、それでも本腰を入れて対策されれば面倒なことになるのは間違いない。


「まあ、全部に対策してたらきりがないから、あの国にだけはむしろ協力をお願いするかもしれないけどな」

「なるほど。一国にだけ情報を流す代わりに、番犬代わりに使うということですか。ご主人様もなかなかあくどい事を考えますね」

「(みんな聞いてるって知っててこんな話をさせる)マリエルには負けるよ」


 呆れたように苦笑いを浮かべる渡に、冷ややかな悪役令嬢のごとき顔をするマリエル。

 スパイたちは、どこが誼を通じようとしているのか。


 裏切り者ばかりのなかで、出し抜いた者は誰か、周りを険しい表情で睨んだ。

 普通に考えれば、共同歩調を取っているアメリカに協力を仰ぐのが、確率としては一番高い。


 だが、それならばとっくに動き出していて、そもそもこの店に訪れる理由がない。

 これはブラフ?


 本当の狙いは何だ?

 あるいは、これを聞かせるために招かれた?


 自分たちを味方に引きいれようという誘い?

 となると、邪魔な周りの奴らは排除しなければならない。


 自分たちだけが、その一国・・・・にならなければ。


 ありとあらゆる可能性を考えて自縄自縛に陥っている諜報組織たちを周りにしながら、渡は干し鮑を使ったフカヒレスープに、うまっ、と思わず感動の声を漏らした。

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