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第06話 スパイ巣たっぷりの中華料理

 マリエルとステラが上海飯店に入った頃、渡たちの居残り組は、準備を始めていた。

 今回の作戦は、非常に単純だ。


 まずマリエルとステラがスパイたちの誘引役。

 ステラは万が一の際には、魔法の使用を許可しているから、想定していない緊急事態が起きたときには、対処してもらう。


 そして、渡たちはのこのこと姿を表したスパイたちと同じ建物で遭遇し、向こう側からのアクションを引き起こすつもりだった。


 ハノーヴァーの戦闘で見たように、ステラが本気になった時の強さは折り紙付きだし、そこにエアとクローシェが加わるとなれば、たとえ室内戦、現代銃火器を使用した戦闘とはいえ、不測の事態が起きる可能性は限りなく低いと考えられた。


 おまけに今回は準備も万端揃えた。

 全員に矢避けの加護のついた錬金術の品がある。


 その上、ステラの風魔法は弾道を完全に曲げてしまう不可視の防壁となるため、あまりにも相性が悪い。

 かといって本気になったエアやクローシェを相手に近接戦闘で勝てる者がいるか、と考えると、これも可哀想なぐらい身体能力に大きな差があった。


 魔力によって本気で身体能力を強化したエアは、百メートル走で4秒弱、走り幅跳びでは二〇メートルを優に超す動きができる。

 壁や天井を使って立体的軌道で攻められれば、照準を合わせるどころか、追うこともできないと思われた。


 エアに比べれば種族の違いでクローシェはそこまで速くないが、その分クローシェは時速八〇キロを保って、丸一日駆けることができる超人的なスタミナを持っている。


 渡としては大船に乗ったつもりで、今回の作戦を任せていた。

 しかし、準備といってもかなり時間が経っている。


「おーい、まだか?」

「もうちょっと待ってー」

「お姉様、動かないでくださいまし……はい、これで大丈夫でしょう」

「ありがと。クローシェも大丈夫?」

「ええ。問題ありませんわ。ちゃんとチェックもしましたし」


 スパイとの接触が待っているというのに、エアとクローシェの二人は余裕の状況だった。

 それどころか本格的な中華料理を食べることを、本気で楽しみにしている様子だ。


 渡がマリエルとステラとの合流が遅れそうなことにジリジリとした焦りが強まってきた頃、ようやく部屋から二人が出てきた。

 遅いぞ、と軽く文句を言おうと振り返った渡は、二人の姿を見て言葉を失った。


「お待たせ主。どうどう? 旗袍チーパオだよ? 似合ってる?」

「チャイナ服と言うのでしたか? いかがです?」

「じゅ、準備ってこれか?」

「そうだよ。で、どうよこれ。まあ、主の目つきを見てたら分かるものだけど」

「それでも乙女心としては、ちゃんと言葉にしていただきたいものですわ」

「う、うん……。とても似合ってる。二人ともすごく綺麗だ」

「ニシシ」

「やりましたね、お姉様」


 やりい、とハイタッチしている二人の姿を、渡はじっくりと見た。

 サラサラとした布地を片側で留めている、中国の伝統民族衣装、旗袍。

 通称チャイナ服とも呼ばれるものを、二人は着ていた。


 体のスタイルが美しくないと、ラインが浮き彫りになる衣装だが、エアもクローシェも出るところはたっぷり出て、引っ込むところはすごく細く引っ込んでいる。

 谷間がばいーんと突き出ていて、シミ一つない美しい肩から腕の肌が露出し、鍛えられながらも女性らしさを失わないムッチリとした太ももが横のスリットから露わになっていた。


 とても色気のある二人の姿に、渡は急いでいたことも忘れて見入っていた。

 じっくりと見られることに気恥ずかしさを覚えているのか、エアが耳をピコピコと動かしながら、照れくさそうにニシシ、と笑った。

 クローシェはわざと膝を上げ、スリットの隙間をチラリと覗かせて見せた。


 ムチムチの太ももの白い肌と、暗がりになって見えない股間の隙間……。


 あまり軽率に挑発しないで欲しい。

 このまま襲いかかってしまったらどうするんだ。


「主様……? なんだか物凄く興奮してるみたいですけど」

「後で覚えておけよ」

「ひいっ!? 発情期みたいな恐ろしい目をしていますわ!」


 ぴぃぴぃと鳴き叫ぶ小動物のように、クローシェが震えた。




 歩きで店までゆっくりと向かう。

 今回の移動ではスパイの尾行を気にせず、むしろ後をつけやすいように、ゆっくりと歩いた。


 エアとクローシェは当然にすぐ尾行に気付いたが、今回は無視を決め込んでもらう。

 そうして歩くことしばし。


 古くからある、大きな中華料理屋の建物にたどり着いた。

 赤地の流麗な筆致で上海飯店と看板が出ていて、看板の周りを龍がぐるりと巻き付いていた。


「おおっ、龍だ!」

「相当に高位の龍ですわねえ……」

「そういえば、エアとクローシェたちの世界は龍がいるんだっけか」

「そうだよ。さすがのアタシも、龍相手はかなり厳しいと思う」

「まあ強いんだろうなあ」

「古代から生き続けている龍は神に等しい力を持つと言われていますの。ただ、そもそも龍は人の多いところにいませんから、わざわざ狩りに出かけないと、出会うこともありませんけどね」

「んっ。主の護衛もある今、わざわざ戦いに出かけることもないし」

「止めてくれ。エアたちの身に何かあったら大変だからな」


 戦士として生まれたからには龍を倒してみたい、ドラゴンスレイヤーになってみたいという誉れを求める気持ちも分かるが、命がけでそんなことをしてほしくなかった。


 店の中に入ると、店内はとても広かった。

 価格的にはそこまで最高級店ということはないはずだが、どことなく落ち着いた店の雰囲気がある。


 店員が席に案内してくれ、個室に移動すると、マリエルとステラが待っていた。

 ニコニコとしているが、少し様子がおかしい。


「どうした?」

「フフフ、なんでもありません」


 マリエルが口でそう言いながらも、目元はゾットするほど冷ややかで、冷徹な色を帯びていた。


 そして、マリエルがタブレットで文字を打ち込む。

 そこには『周りの部屋、全部違う国のスパイたちみたいです。ステラが言うには、それぞれ監視し合ってるそうですよ』


 と書かれていた。


――――――――――――――――――――

前回ぐらいから感想の返信できていませんが、スミマセン。

また体調整ったら再開します。



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