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第03話 スパイ対策 中

 レイラはテーブルに置かれていたアイスコーヒーを呑むと、心から「美味しい……」と呟いて、口元を手で抑えた。

 渡が自身で焙煎し、粉に挽き、淹れたコーヒーだけに、高い評価をもらえて思わずニンマリとしてしまう。


 コーヒーは豆の選定はもちろん、焙煎の度合いや粉の粒の大きさ、湯の注ぎ方によっても大きく味や風味が異なる。

 渡は個人の趣味としては入れ込みすぎなほど凝っていた。


 まあポーション販売用のカモフラージュなどと言いつつ、喫茶店を持っている時点で十分にお察しだろう。

 じっくりと味わったあと、レイラは本題を切り出した。


「これから渡さんがどういった対応を取るにせよ、一番最初にしないといけないことがあります。それが警察への相談です」

「警察への相談、ですか」

「あ、その反応。何を言い出すのかって呆れてません?」

「いや、……すみません。あの人たちって、スパイへの対応ってしてくれるんでしょうか?」

「公安警察ならともかく、一般的な警察では対応してくれないでしょうね。別に事件を起こしたわけじゃないし。してませんよね?」

「してません。不法侵入も直接的な接触もないですね。今のところ尾行だけです」

「だとしたら難しいでしょうねえ。日本の警察はそこまで強権的じゃないですし、賄賂で動くこともありませんから」

「じゃあダメじゃないですか」

「それがそうとも言えないんですよ」

「どういうことです?」


 渡が眉をひそめるが、レイラは落ち着いたものだ。

 ゆったりとソファに座り直すと、足を組む。


 細いすらっとした足が、ものすごく長い。

 渡が理解できるように、流暢な言葉で、ゆっくりと説明してくれた。


「不審者として相談が受理されれば、警察官が巡回してくれて抑止になります。それに、相談をしていたら、実際にコチラが被害にあったとき、あるいは反撃したときに、相談したこと・・・・・・そのものが、自分たちを守る大切な武器になるんです」

「ははあ。なるほど。いきなり対抗したら大きな問題になるかも知れないと」

「そういうこと! 理解が早くて助かります」


 レイラが親指を立てた。

 落ち着いたお嬢様のように思っていたが、よく考えればスチュワーデスのように飛行機に同乗したり、結構お調子者なところがあるのだろうか。


「特にスパイだと外国人の場合が多いですからね。国外退去も視野に入ってきます。まあ日本の場合だと中国や韓国の二世代、三世代の場合もあるけど……。どちらにせよ、相当に活動しづらくなるはず」

「スパイだって場合によっては不法侵入をしかけてくるでしょうし、現行犯で制圧した時も、スムーズに対応してくれるのは強いですね」

「私みたいに周りに強そうな護衛がいっぱいいたら、そもそも手を出してきませんけど、渡さんの場合は、綺麗な女性ばかりですからね。甘く見る者もいるんじゃないですか?」

「そうかもしれませんね。まあ、俺はともかくエアとクローシェが出れば確実に制圧できるはずですが」

「実際問題、どれほど腕が立つんでしょう」

「エアもクローシェも、俺にはもったいないくらい、とても強いですよ。格闘技界で活躍すれば、誰も打ち破れない記録を打ち立てたんじゃないですかね。軍隊に入れば伝説的な兵士になったはずです」


 渡の言葉にエアが反応した。

 座ったまま、ソファから体を半分乗り出して、控えている護衛たちに向かって目を向ける。

 ニヤア、と口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。


「ニシシ、アタシ強いよ? そこの護衛の人と勝負してみる?」

「エア、やめろって。すみませんが、冗談と思って聞き流してください。こいつバトルジャンキーなんです」

「ちぇー、残念」

「そうは見えないけど……。渡さんの言うことだし、本当なんでしょうね」


 眼の前で奇跡を起こした人物、ということで、レイラの渡の評価はすごく高い。

 今の言葉も一切疑わず、言葉通りに信じているようだった。


 普通は疑ったりしそうなものだけど、この娘はちゃんと受け止めてくれるんだなあ。

 その信頼が少しまぶしいぐらいだが、あまり詳しくは事情を言えない渡としては、レイラのその態度はとてもありがたかった。


 渡のレイラへの警戒が少し解けた。


「これがまあ最低限の、最初にしたほうが良い対応かなあ。その上で渡さんが取れる手もいくつかありますよ」

「なんでしょう?」

「一つ目は、国に頼ること。渡さんには、政財界の要人の知り合いが一人や二人、いるはずですよね?」

「まあ、そうですね」

「その人づてに、協力を依頼するというのもありです。日本の警察は官僚制だから、上が強く捜査を命じたら、ものすごく一気に動くのが特徴ですから。政治的な問題にしたがらないでしょうが、個人的な犯罪として取り締まりはしてくれるでしょう」

「頼れそうな人には心当たりはあります」


 祖父江とか、祖父江とか。

 あれ?


 もうちょっと政財界の要人と仲良くなっても良いのか?

 これだと祖父江に依存することになりそうだ。


「二つ目は、自分たちの実力行使。これはあまりオススメはしないかなあ。自分たちがうまく動いたと思わせて、後で罠に嵌められる可能性もありますからね。ああいう人らは、そういうのが本職なので、案外油断なりません」

「それは、たしかに。逆に俺たちが一方的に悪役に仕立て上げられる可能性はありますよね」

「メディアと繋がってる可能性も高いから、情報操作されたら大変ですよ」

「うーん、それは怖い……」


 エアやクローシェが逮捕されるのは絶対に避けたい。

 切り撮り報道などされたら、人の印象など簡単に変わってしまうのは、SNSで何度も見てきた。


 こういうのは痴漢冤罪などと一緒で、正当性を実証するのは本当に大変だ。

 実際に自分たちに降り掛かった場合の困難さは、想像を絶するだろう。


「そして最後は私、あるいはうちの国の力を使うこと。うちの国の諜報機関を送り込んで、秘密裏に消しちゃうってのはどう? 対価はわ・た・し・・・・・。お安くしときますよ?」


 軽い調子で、とんでもない爆弾を落としてきた。


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