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第2話 スパイ対策 前

 レイラと話をしようと思った時も、スパイの存在はとても邪魔になった。

 中東の王族に連なる彼女と交流があることが知られる事自体、スパイにとっては大切な情報だろう。


 特に近頃は、スパイたちも監視の目を強めているのか、エアとクローシェがピリピリとしているから、常に見張られていると考えて良さそうだ。


「レイラさんとは、どこで会うのが良いかな? ここに呼び寄せるのは目立ちすぎるよな?」

「そうですね。移動する姿がただでさえ目立ちますから。うちの喫茶店に来ていただくのが良いのではないでしょうか。あそこから、盗聴器などの心配もありませんし」

「俺達についてる尾行は、撒いてから店に向かえば良いか」

「はい。あの店は人通りがそれほど多くなく、あまり露骨な監視をしていれば、周りの人から不審に思われます。自分たちのお店なので、客を装うことも不可能ですし、万が一迂闊に入ってきたものなら、逆に正体を突き止められるかも知れません」

「そうだな。盗聴器対策とかは、言われてからは店内も毎回簡単にチェックしてるしな」


 前回レイラから、盗聴器発見機などは手配してもらったのだ。

 大規模な組織の場合、主流な手法ではなくなってきているらしいが、それでもチェックは必須だという。


 下手に居酒屋の個室などを頼んで、隣の部屋を押さえられる、などのリスクを考えれば、自分たちの店を利用したほうがよほど安心だ。

 ただ、人と会って話をするだけなのに、どうしてこんなに気を使わなければならないのか。


 一体どこの誰か分からないが、迷惑なことだ。

 それも、レイラに相談して、実際に対応を考えていけば、少しずつマシになるはず。

 この我慢ももう少しのこと、と自分の苛立ちを押さえて、渡はレイラと連絡を取った。


 ◯


 喫茶店の中を軽く掃除する。

 定期的にコーヒー豆を焙煎し、砂糖を仕入れたりと店を利用しているので、それほど汚れているわけではないが、そもそも開店日が少ないため、どうしても軽く埃は積もってしまう。


 もともとカモフラージュをメインに借りている店とはいえ、喫茶店自体は、渡は経営してみたかっただけに、愛着があった。


 台所を綺麗に磨き、テーブルを拭いたり、照明や音響機器を拭いたりと、店内をピカピカに磨き上げた。

 焙煎前に豆をチェックしたり、アイスコーヒーを淹れておいて、すぐに出せるように準備したり。

 しばらくそうした時間を過ごしていると、レイラが護衛を引き連れてやってきた。


 エアが気付いて、耳をピンと店の外に向けると、尻尾がゆらりと揺れる。


「主、レイラきた」

「ありがとう。相変わらずビックリするぐらい大勢で来るなあ」

「日本はともかく、海外では誘拐も起こるリスクが高いのでしょう」


 店の前に何台もゴツい車が停まるから、めちゃくちゃ目立っている。

 渡は店の窓からその様子を眺めて苦笑を浮かべたが、当人たちにすれば当然の警戒だ。


 むしろ何百億と資産を抱えている渡は、エアとクローシェという最高の護衛を抱えているとは言え、慢心や不用意とも言える行動を続けていた。

 いかつい護衛の一人が、丁寧に扉を開くと、店のカウベルが鳴り響いた。


 カツカツとヒールの音をさせながら店に入ったレイラは、相変わらず美しい。

 色々な人種の血が交じる中東ゆえの、見事な調和の取れた顔立ちと、特徴的な肌の色。


 目はキラキラと輝いていて、渡の姿を見つけると破顔して駆け寄った。

 そのままギュッと渡に抱きついてきたのは意外だった。


「渡さん、お久しぶり!」

「レイラさん、ご無沙汰してます」

「日本の夏は暑いわね。私の国も暑いけど、日本は格別よ」

「独特な蒸し暑さって言いますよね。エアコンをきかせてるので、涼んでください」

「そうするわ。……もうっ、ぜんぜん会いに来てくれないじゃない。私、もっと会えるものだと思ってたから寂しかったんですから?」

「は、ははは。すみません。忙しくって」


 ふわりと甘酸っぱいいい匂いがした。

 むにゅうっと柔らかな肢体の感触に、ピクッと反応してしまうが、渡は平静を保とうと努力する。


 レイラは薄手の上着を着ていたからか、露出が多く目のやり場に困った。

 背中がぱっくりと開いていて、小麦色の美しい素肌が露わになっている。


 真夏の暑さにほんの少し汗ばんでいるのか、肌はしっとり。

 天使の羽、などと呼ばれる肩甲骨が浮き上がっていた。


 レイラはまっすぐに渡の目を見ると、わざとらしく顔をそらした。


「ふん、そんなこと言って、私にもう会いたくなかったんじゃない? 聞くことだけ聞いて、用済みになったら捨てるつもりじゃないでしょうね?」

「違いますよ。しばらく大阪を離れていたんです」

「ふうん……そういうことにしておきましょうか」

「本当ですって」


 レイラのいじけてみせた態度に、渡はあたふたとしたが、嫌な気はしなかった。

 言葉を返せば、会いたかったのに会えなくて寂しかった、と言っているだけなのだから。


「まあ、渡さんが引く手数多なのは本当でしょうけどね。ねえ、タイガン・ウッドローの活躍も関係してるの?」

「さあ、どうでしょう」

「ええ、教えてよ」


 まさか異世界で別の遠い街ハノーヴァーに出かけて、死闘を繰り広げていたとは言えない。


「ご主人様ってすぐに女の人を前にすると鼻を伸ばしますよね……」

「ふん、主の女たらし……」

「主様にはわたくしたちがいるのに一体何が不満ですの?」

「もっと強烈な媚薬で骨抜きにぃ……」


 ヒソヒソと話してるけど全部聞こえてるからな!

 というよりも、聞かせているのだろうか。


 渡にだけ声が聞こえるように、何らかの操作をしているのは間違いなかった。

 風魔法が得意なステラの技だろうか。


 前から、彼女たちはレイラへの警戒心がとても強かった。

 その心境は今もまったく変わっていないようだ。


 渡が困っていると、レイラはすっと体を離し、テーブル席についた。

 護衛の巨漢たちも、各々の席に座る。


 この人たち、レイラさんが俺に引っ付いてても一切動揺しないんだよな。


 気づけば表に停めていた車も綺麗に消えていた。

 いつのまに、と思う早業だ。

 もしかして近くに駐車するのだろうか。


「それで、今日はどんな用件なんです? 私で良ければいつでも力になりますよ?」

「よろしくお願いします。実は先日からずっとスパイに監視されてるようなんです」


 渡は尾行がついていることや、遠くから監視されていることを伝えた。

 実際に監視されている姿を映像に捉えた証拠も見せる。


「ふうん、この感じだとアジア系のスパイってことよね。中国、韓国、北朝鮮、考えられるのはこのあたりで、一番倍率が高そうなのは中国かな。どこからか情報が漏れて、興味を持ってるのかも。産業スパイと国とどっちかは分からないけど、長期間監視してるとなると、国の機関が動いてるかも」

「国がですか?」

「そう。ポーションがもたらす莫大なお金もだけど、何よりも権力を持った人たちは健康が何よりも欲してるから。でもこの映像は使えると思う。誰が撮ったのか知らないけど、これだけ正確に近くで姿を収めるなんて、凄い腕ね……」

「これはそこのエアがやってくれました」

「ブイ! 油断禁物。まったく警戒してなくて余裕だった」


 エアが得意げに胸を張った。

 本人の隠形の技術もさることながら、気配を薄くする錬金術の付与の品の力も相乗効果を上げていて、尾行者たちにはまったく気取られることなく、証拠を確保できた。


「となると……まあ一番最初にするべきことは分かったわ」

「なんですか?」


 とても当たり前のことよ、とステラはウインクした。

 切れ長の目に長いまつげ、綺麗な瞳が蠱惑的に渡を誘惑しているようだった。


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