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第01話 消えない視線

 地球産の薬草の栽培が成功した。

 そして、ステラの尽力もあって、地球産の慢性治療ポーションの製造にも成功した。


 これは本当に大きな一歩だと思う。

 量産を別とすれば、異世界からの輸入に頼らず、地球だけで完結してポーションが作れるようになったのだから。


 ここからポーションの大量生産には、まだ時間がかなりかかる予想が立っている。

 現物の生産体制を整えることがまず第一。


「薬草農園の大拡張は避けられない問題だろうな」

「大量生産するにも原料が足りませんではお話になりませんから、当然かと。ステラが言うには、スエヒロ草はともかく、他の薬草は成長速度がそれほど早くないそうです」

「しばらくは山を切り開いて、土壁を完全に囲って、いざ量産計画が進んだ時に、対応できるぐらいの在庫を作っておきたいな。相当な量が要りそうだ」

「それでも足りないようになれば、別の土地を購入し、栽培することも考えなければなりませんね」

「どこでも良いわけじゃないのがネックだな。龍脈なんてそれこそ限られてるだろうし、売り払われてるとなると相当田舎の必要がありそうだ」

「他社には真似できない強みでもありますよ、ご主人様」

「分かってるよ」


 そして大量生産のためには設備投資と開発者の雇用など、越えなければならない課題がいくつもある。

 特に口が固く信頼でき、裏切らない人材は宝石よりも貴重だ。


 そのうえで様々な試験が行われ、認可を受けなければならない。

 このあたりは時間とお金に人脈、創意工夫でなんとかなるかもしれない。


 最後の難関は、魔力という現代科学で認知、測定されない要素を、どうやって確立し、証明するかだ。


 現代科学を一変させる、おそろしい発表になる可能性もある。

 あるいは、魔力の存在を隠したまま、という方向もあるが、やがてポーションの製造法は再現性がないことがバレてしまうだろう。


 気の遠くなりそうな作業がこれから先に待ち受けていた。

 そして、ポーションが完成したことで、本格的に技術スパイを警戒しなければならなくなった。


 今までは調べられても、実際の製造方法が確立していなかったから、問題はなかった。

 だが、今後は量産化計画に進むのだ。

 その過程で情報を文字に起こしたり、製薬機材を設計したりすることになる。

 情報や実際の設備を盗まれたりする恐れも高くなる。


「現時点でもよく分からない奴らから監視されてるんだよな?」

「エアとクローシェが揃っていうのですから、間違いありません。あの娘達の感覚は本物です」

「分かってるよ。ただ、勘違いだったら良いなって、ありもしない希望を考えてみただけだ」


 現時点でも監視や追跡が行われているし、ポーションの存在が知れ渡れば、その規模が拡大することはあっても、縮小することはないだろう。

 今からでも遅きに逸した感はあるが、早急に手を打たなければならない。


「ただ、スパイなんてどうすれば良いんだろうな」

「捕まえて拷問してしまえば良いのでは? で、一部だけ開放して、二度と手を出すな、と脅迫してしまうのが良いと思います」

「えっ」


 あまりにも自然な様子でマリエルが言うものだから、渡は驚いて言葉に詰まった。

 美しくも可愛らしい顔が、キョトンと首を傾げて渡を見ている。

 うっ、やっぱり可愛い。


「どうかしましたか?」

「どうかしましたかって、そんなことできないだろ」

「えっ、でもスパイですよね? 私たちの世界で考えても、この世界のスパイの扱いを考えても、スパイって拷問されたり、死刑になったりしません?」

「そうなのか……?」

「ほら、見てください。他国で実際に死刑になってる例がありますよ」

「本当だ……。いやいや! でも死刑は行政の司法機関が手続きを行ってるわけで、個人が私刑に掛けるのはまた別だろう!?」

「ああそっか。……私、小なりと言えど領主の娘なので、勘違いしちゃいました」


 てへっと舌を出すマリエルがあざと可愛い。

 普段はクールな美女、といった雰囲気だから、途端に少し幼く隙があるように見える。


 ただ、本当に勘違いかな、とは思わなくもない。

 渡よりも死刑制度に詳しかったのに、渡たちが一市民でしかないことを忘れるとも思い難い。


 これはマリエルなりに、スパイたちには監視されていて不快に感じている、という一種のポーズだろう。

 渡としても、わざわざ尾行を撒くためにエレベーターを上下したり、視線を切ったりと面倒くさいことばかりで嫌になっていたのは事実だ。


「しかし、俺はスパイなんてものに関わることのなかった人間だから、いざ監視されると、本当にマリエルの言う通り、実力行使ぐらいしか手段が思い浮かばないな」

「そうでしょう! やってやりましょう! あの方々、遠くで自分たちだけが見ていると思っているところに、エアとクローシェが急襲したら驚きますよ!」


 シュッシュッ、とパンチを繰り出すマリエルの動きは、結構様になっている。

 これで護身術何かを真面目に訓練してきたマリエルは、ヘタをしなくとも俺よりも強いんだよな……。


「いや……やっぱりそれは最終手段にしよう。防諜については、当初の予定通り、レイラさんに相談してみる」

「残念ながらそれが順当ですね。……わざわざ日本に来られたのに、なかなか会えないからヤキモキしているかも知れませんよ、怒ってたらどうします?」

「その時は謝る」


 それは本当にそうだろう、と渡は少し申し訳なく思った。


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