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第88話 ポーションの成功 六章完

 ポーションの製造に、大きな進展があった。

 採取した薬草類のチェックが終わったのだ。


 ステラは普段からニコニコと笑みを欠かさない女だが、今はより一層嬉しそうな笑みを浮かべて、渡に報告を行う。


「乾燥させた薬草は、どれも品質に問題ありませんでしたぁ。薬師ギルドに納入しても満額支払われる品質です」

「おお、そうか! じゃあ、このままポーションの製造に使えるってことだよな?」

「そうですね~。採取から乾燥まではわたしが手を入れていますから、高品質な製品にできそうですぅ」


 おっとりとした口調にも、どこか嬉しそうな、興奮した響きがある。

 まだ完成したわけではないけれど、大きな問題点となっていた問題が解決したと分かって、達成感が大きい。


 渡は鼻息も荒く、次の段取りを考えていた。


「じゃあ、次は実際にポーションを製造してもらって、ちゃんと効果を発揮するのかの確認が必要だな」

「そうですねぇ。前回の急性ポーションの製造を考えるとぉ、だいたい成功するとは思いますが……こればっかりはやってみないと分かりませんからね」


 作業を見ていれば渡でもできそうなものだが、本職でないと分からない微妙な具合の調整はステラの感覚頼みだ。

 兎にも角にも、一度錬金工房に足を運ぼう、という流れになった。


 ◯


 ステラが管理する錬金工房で、渡は椅子に座り、作業をじっと見ていた。

 ステラは極端に瞬きが少なくなるような、高い集中力を保ち、作業に没頭している。


 渡が声を掛けると、ステラはどうしても反応してしまう。

 だから作業の様子が気になっても、渡はじっと見つめて好奇心に蓋をしていた。


 ステラは十分に乾燥させた薬草類――スエヒロ草、リュウノツカイ、ハハノイノリ花、ソロソロコイツオコリ草――を板に並べると、根を一つずつ切って、取り除いていった。


 前回は、スエヒロ草だけを使ったもっとも簡易的なポーションの作製だった。

 あのポーションは、浅く小さな切り傷、肌荒れや軽度の火傷などといった、急性期の怪我などをサッと治してくれる効果でしかなかった。


 それはそれで素晴らしい効果だが、今回は、慢性治療ポーションを製造することが目的だ。

 古い傷を治すことは、急性のものよりもはるかに難しいらしい。


 切れ味の鋭いナイフでサクッ、サクッと小気味良い切断音を鳴り響かせる。

 製薬ではあるが、同時にこれだけを見ていると料理を始めたようにも見えなくない。


 切り落とした根はそのままゴミ箱に捨てられるのではなく、それぞれ一塊にされて、別の容器に保管されていた。

 ステラは素材ごとにしっかりと板を洗い、乾拭きをして、成分が混ざらないように慎重に作業を進めていた。


 混入することで、狙った分量比にできず、効果が落ちてしまうことを防ぐのだという。


「それでは、素材の分別が終わったので、今から粉末状にしていきます。今回は買っていただいた薬研を使いますぅ」


 んしょ、とステラが声をあげて、薬研でゴリゴリ……ゴリゴリ……とひたすら多量の薬草を粉末化していく。

 薬研は前回ステラが大変そうだったので、新たに購入したのだ。


 この辺りの作業は、おそらくは機械化もすぐに実現できそうだな。

 扱う薬草によって、その大きさを考える必要はあるだろうが、設定でどうにでもなりそうだ。


 また速度を求めすぎると、熱が生まれて素材の材質が変化してしまうかもしれないが、温度管理をしながらでも可能だと思われる。


 ステラは十分に粉末が小さな粒度になったことを確認し、その粉末を少しずつアルコールと水に分けながら、溶かしていった。

 扱う薬草によって、使う溶液も変わるのだという。


 前回にその辺りの調査も行っていて、ある程度の度数の高い焼酎であれば問題ないそうだ。


 透明のガラス瓶に粉末が敷き詰められ、そこにトクトクトク……とアルコールが流されて満たされていく。

 液体の色が琥珀色にゆっくりと染まっていく。


「綺麗だなあ」

「ポーションの原料ですが、ここに砂糖を混ぜたりすると、高級な健康酒にもなるんですよぉ」

「それは体に良さそうだ」

「んふふ、あなた様なら、たくさんのお砂糖を使えますから、たっぷり製造できそうですね」


 楽しそうにステラが笑った。

 怪我や病すら治る薬の原料なのだ、きっと百薬の長の名に相応しい銘酒になるのだろう。



 ポーションの製造を実施して一週間後。

 錬金工房に渡たちは集められて、ステラの報告を待っていた。


 漬けられた液体の浸出が済み、濃縮した後は、混ぜ合わせるだけとなるのに、それだけの日が必要だった。


 混交された液体は渾然となって、異世界では希少なガラス瓶に収められている。

 さて、上手く行ったのか、それとも課題が残ったのか。


 渡は口が乾き、何度も唾を飲み込んだ。

 渡自身はそれほど直接的に動いたわけではないが、それでも土地の購入や錬金術の器具の購入、薬草の栽培に必要な人手の雇用など、色々な時間とお金をかけてきた。


 結果を待つ間、妙に心臓がバクバクとうるさかった。

 緊張してしまっているのだろう。


 ここまで紆余曲折があって、ようやく成功の兆しが見えてきたのだ。

 できれば一発で成功して欲しい。


 ステラはすうっと息を吸うと、ポーション瓶を掲げた。


「成功です! 完全に上手くいきましたぁ!」

「おおおおっ! 成功だ! やったぞ!」

「良かったですね、ご主人様! 本当に、ここまで長かったですもの」

「これで一歩前進じゃん。今回はステラのお手柄だね」

「ステラさんの貢献、お見事ですわ! わたくしも負けていられませんわね」


 思わずパチパチと拍手を送る。

 工房の中をみんなの拍手が鳴り響いた。


 ステラも恥ずかしそうに、だがやりきった表情で、誇らしげに拍手を浴びる。

 何度も頭を下げる姿は、謙虚というよりも、普段の自信のなさの現れだろうか。


 その目に、うっすらと涙が浮かんだ。


「お役に立てて、本当に良かった、です……。うっ、うううっ……! わたし、もう役立たずじゃない、ですよね?」

「当たり前だろう。ステラがいてくれて本当に良かったよ」

「は、はい! 皆さんとっても良くしてくれて、こんなの初めてだったからぁ、絶対に役に立ちたいって思っていて……結果を出せて、本当によ、良かったぁ~~~!」

「何度も言うようだけど、俺はステラがここにいてくれるだけでも嬉しいんだ。役に立ちたい気持ちもわかるけど、それも忘れてくれるなよ」

「っ!! ……はいっ!」


 満面の笑みで、ステラが頷いた。

 その目にはたしかな自信の色が根付いている。


 自分は役に立てる存在なのだと、それを認めてくれる仲間がいるのだと、ステラが自分を、周りを信じている。

 これからはもう、無力感に悩むことはなくなるだろう。




 地球で栽培した植物でのポーションの製造の成功。


 これは渡たちの事業の、次の一歩を踏み出す、大きなキッカケとなる出来事だった。

 だが、同時に。


 再現性のある方法の確立は、良からぬ輩を招く、大きな要因になる。

 渡たちに今まで以上の警戒と対策が必要になることは、間違いなかった。


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