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第86話 日本式ゲート 後

 渡は理由は省きながら、どうしたいのか、という目的を榊原に伝えた。

 榊原は特に口を挟むこともなく頷いて話を聞き、終えるとしばし瞑目した。


「おう、そうか。あのお地蔵さんの文字を掘りてえってか。んで詳細な設計図とかがあったら利用したいと。あー、残念だったな。そんなもんはねえよ。正式な依頼ならともかく、あれはロハでやったことだしな」

「そう、ですか」

「おい、冗談だ、そんな落ち込むな。嘘だよ嘘! ガハハ!」

「うそっ!?」

「ウソですの!?」

「なんだなんだ? そんなに大きく驚くことはねえだろ。軽い冗談じゃねえか。オレだって冗談ぐらいは言うわいな」


 ちょっとした冗談のつもりで言っていたのだろう榊原が、エアとクローシェの反応を見て怪訝な表情を浮かべた。

 だが、エアとクローシェの狼狽は、少し只事ではなかった。


 本気で驚いているらしく、目を見開いている。

 変化の力で見えていないが、尻尾が膨らんだり、耳が立っていたりもしたことだろう。


「ちょっとスミマセン。……エア、クローシェ、どうしたんだ?」

「あの人、まったく冗談の臭いがしませんでしたわ。わたくし、この鼻には信頼しておりますの。お姉様も見抜けませんでしたのね」

「うん。心音も気配もまったく変わってない。主、人は軽い冗談であっても、それが真実と違うことを話してるってだけで、本当に少しは体に出るものなんだよ。でも榊原はそれがまったくなかった」

「まあ、あの人はあれで大悟してるそうだからな。悟りを啓いたことで、普通の人とは反応も異なってるのかも知れないなあ」


 少し離れた場所で事情を聞いて納得した。

 超人的な聴覚や嗅覚で、人の嘘を見抜いてきたエアやクローシェにすれば、まったくそんな素振りの見えない榊原の言葉に驚いたということだ。


「主、榊原はニンジャだった?」

「それはないと思う……たぶん」


 エアの真剣な目に、渡は言葉を濁さざるを得なかった。

 人の目から隠れて活動するニンジャを、そうではない、と証明するのは、とても難しいことだから。


 渡の今後交渉する相手は、海千山千の資産家や政治家も増えてくるはずだ。

 祖父江や中東の人々の嘘か真かはしっかりと見抜けていたから、たとえ資産家や政治家、王族とはいえ多いわけではないだろう。


 今後このような人がどれだけいるのかはわからないが、数十年に一人ぐらいは、そんな相手がいる、ということを念頭に置くべきだろう。


 渡たちは榊原の前に戻ると、座布団の前に座り直した。

 大げさに反応してしまった手前、少し話をしづらい。


「いやあ、スミマセンでした。この娘たちは特殊な訓練を積んでいて、冗談を見抜けなかったことがショックだったみたいです。で、榊原さんは忍者ではないか、と疑っています」

「へえ、なるほどなあ。でもオレは忍者にはなれねえなあ」

「どうしてです?」

「そりゃくノ一のお色気の術にすぐ引っかかっちまうからだよ。アッハッハ!」

「奥さんに言いつけますよ」

「やめろやめろ! この前祇園で遊んでたのバレて、家に上げてもらえなかったんだ!」

「また怒られてたんですか?」

「おう、真理のやつ、マジで怖えんだよ。夜叉みたいな顔して人を頭を箒でぶん殴ってくるんだぜ。もうちょっと寛容になってくれてもいいのによう」

「いや、そりゃ女遊びがひどい榊原さんに非があると思いますけどね」

「そりゃそうだが、お前さんにだきゃ言われたくねえよ」

「うぐっ……」


 渡は言葉に詰まった。

 四人の美女を常に引き連れて歩き回っているのだ。

 人から見たら自分も似たようなものだと、言われて改めて実感する。


「話を戻しません……?」

「カッカッカッ、都合が悪くなったら逃げるってのか?」

「じゃあ奥さんに言いますよ。あと言っておきますけど、俺のは全部彼女たちは知ってますからね」

「わあったわあった!」


 少なくとも、マリエルたちが納得した上で渡は行動している。

 この点は奥さんを怒らせている榊原とは大きな違いだ。


 もうその話はおしまい、と榊原が断って、話を戻した。


「オレたちゃ、何百年も残るものを造ってんだ。オレ達が何を考え、どうやって造ったかってのも大切な資料になるんだな。だからよ、個人的に請け負ったお前さんからの仕事も、オレはちゃあんと紙に残してんだ。今どきはうちの若えのが電子にもしてるし、すぐに見れるし、出せるようにしてある」

「それは本当に助かります」

「事務所で頼めばすぐにコピーを作ってくれるだろう。それを持っていけ。あと石が欲しいなら、石材屋にどこの石が必要かも紙に書いてやるから、そのとおりに頼みな」

「なにから何まで、ありがとうございます」


 すぐに弟子を呼びつけ、準備をしてくれることになった。

 お弟子さんたちは相変わらずすごく手際がよく、用件を聞くとすぐに行動に移ってくれる。


「んで、頼みはそれだけか?」

「いえ、まだ一つ。以前に修繕をお願いした時、榊原さん、なんか呪文を唱えておられましたよね。あれ、なんです?」

「『四智讃』、あるいは『四智梵語』って呼ばれるやつだ。大日鏡智,平等性智,妙観察智,成所作智を詠嘆する賛歌だ」

「……?」

「分かんねえって顔だな。まあオレはこう見えてちゃあんと仏門に一度は帰依して、悟りを開くぐらい勉強したんだ。んで、この四智ってのは仏さんのありがてえ智慧のこと。知りたきゃ調べな。識ることもまた修行のうちよ」

「よく分からないぐらい、そもそもの知識がないことがわかりました」

「無知の知だな。一つ賢くなれたじゃねえか。オレはムチムチが好きだが、女体ってのは良いねえ」

「まだその話続けます?」


 また女遊びの話に戻りそうだったため、渡は強引にお礼を言って、ここを訪れる前に準備していた清涼の羽衣の処置を済ませたサマージャケットを披露することにした。


 前回は完全に無料でやってくれているのだ。

 感謝の気持ちを行動で示したかった。


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