大仏師、榊原千住。
一度は破損したお地蔵さんを、見事に修繕してくれた恩人だ。
榊原にメッセージアプリで連絡を取ったところ、話を聞くだけは聞こうと、快く承諾してくれた。
仕事の予定はずっと、それこそ三〇年先までギチギチに埋まっているというのに、ありがたい話だ。
榊原は美味い飯は好きだし、酒はガバガバ呑むし、女の子と遊ぶ店も大好きと来て、これでよく仏門から破門にならないな、と思うような人物だから、本来は大抵の贈り物は嬉しく感じるだろう。
だが、だからこそ感謝の気持ちとして、御礼の品を選ぶのには細心の注意が必要だった。
まず、榊原ほどの人物なら、貰い物はそれこそ返礼に困るほどもらっているはずだ。
おまけに京都は贈り物も相当に充実しているし、菓子や漬物、あるいは酒も銘品揃いと来ている。
また大阪の銘品は、京都と被ることも多いのだ。
ないとは思うが、京都よりも大阪の方が優れているという宣戦布告か、などと捻れた解釈をされても堪らない。
あくまでも事の本質は、榊原に感謝の意を伝えたいのだから。
オンリーワンな贈り物としてマリエルたちの写真も考えた――マリエルたちから候補に挙がった――が、結局渡が却下した。
悪用される心配はしていないが、それはそれとして何だか嫌だった。
むんむんと頭を悩ませ続ける渡に、直感的な行動を好むエアが呆れた顔で見ていた。
「主考えすぎじゃない? もっと気楽に行こうよ」
あっ、その冷たい表情……!
なんだか新しい扉を開いてしまいそうだ……!
「ご主人様、『清涼の羽衣』をお渡しするのはいかがでしょうか?」
「おおっ、良いアイデアだな。京都は特に暑さで有名だし、喜ばれそうだ。着心地を聞いて、今後量産化する時に意見を募集するのも良いだろうし」
早速、ステラに頼み、サマージャケットに付与を仕込んでもらった。
七月に入り、暑さも本格化して、毎日真夏日が続いている。
涼しいエアコンの効いた部屋で仕事をするならともかく、外気に晒されながら働く人達のつらさは想像を絶する。
特にまだまだ元気とはいえ、若いともいえない榊原には喜ばれることだろう。
ようやく結論が出て、渡たちは京都へと足を運んだ。
京都の街に来ると、驚くほどの観光者がいた。
日本人離れした美人揃いという意味では、マリエルたちもその例に漏れない。
だが、外国人ばかりということで、ある意味ではマリエルたちが外国人である、という目立ち方はしなくて済んだ。
とはいえとびきりの美人揃いということもあり、多くの視線を集めるのはいつものことだ。
多くの観光客たちが汗だくになって、日本の夏を体感している中、渡たちはさほど暑さにやられることもなく、元気を保っていた。
清涼の羽衣様々である。
今回の移動で一番喜んでいたのは、エアだった。
「主! ニンジャ、ニンジャどこ!? 京都にはニンジャいる! アタシ最近ゲームでやった! 悪代官を成敗する!」
「いないいない。あれは創作の話だって」
「うっそだー! アタシちゃんと勉強したもん。お命頂戴! アイエー! ってやるんでしょ? 忍法畳返しの術!」
「それは相当悪いのにも染まってるぞ」
「多重影分身螺旋GUN! バキューン!」
「それもなんか色々混ざってる! いいか、ゲームはゲームだぞ?」
「えっ、じゃあもしかして本当にいないの?」
「うっ……あのさあ……」
ウルウルとした目で見つめてくるエアを見ていると、夢を真っ向からぶっ壊す悪い大人になった気分になる。
特にエアのような、魔力を使って身体能力を実際に高められる存在からすれば、忍者はあるいはそういった身体操作を行えた古の存在と考えてもおかしくない。
「いいかい、エア。忍者は言葉の通り、世に忍ぶ者なんだ。どこかにいるかも知れないし、いないかも知れない。エアやクローシェの気配察知にすら引っかからない凄い隠形を身につけて、今も潜んで活動しているんだよ」
「マスターニンジャ! 手裏剣シュシュ! ニンジャはいた!?」
「さあなあ。それを公にはできないし、素人の俺には分からない」
「んー、そっかぁ」
エアは残念そうではあったが、完全に夢をぶち壊されたようなショックは受けていない。
というか、異世界を行き来するようになった渡からすると、本当にそんな一族や、あるいは陰陽師集団がいてもおかしくないのだ。
はるか昔に、渡のように行き来して独自の技術体系を身に着けていたかも知れないし、あるいは異世界の生物が、魔物、魑魅魍魎として跋扈していたかも知れない。
狐が化けたとされる玉藻の前は、エアたちのような狐の獣人種だった可能性だって考えられるし、可能性はいくらでも広がるだろう。
そんなことを考えてみると、今まで学校で習ってきた歴史への見方が、ゴロッと変わってしまいそうな気がした。
京都駅で注目を集めていたエアたちだが、移動を始めてからは早かった。
前にお邪魔した工房へと向かう。
今回は事前に約束を取り付けていただけに、榊原千住はすぐにやってきた。
相変わらず、サポートするお弟子さんたちは疲れた顔をしていて、大変そうだった。
「おう、嬢ちゃんたち、相変わらずの別嬪だなあ! 善き哉善き哉。眼福だぜ」
「ご無沙汰です。急な話だったのに、お時間いただいてありがとうございます」
「なあに、ちょうど仕事をサボりたかったところだったんだ。急用ができたつってトンズラこいてきたところだよ。へへっ」
「ええ、大丈夫なんですか?」
「こう暑くちゃやってらんねえぜ。弟子たちにも順番に休みを取るように言い聞かせてんだが、どうも
納得した。
上が休まないと、なかなか言われていても休めないのだろう。
とはいえ、榊原ほど自由気ままに動いていたら、組織は成り立たない気がするが。
応接室にドカッと座り込んだ榊原は、バシッと膝を叩いて言った。
「そんじゃま、話を聞こうじゃないか!」