神様への請願が終われば、すぐに光が放ちだし、ゲートが起動する。
その筈だというのに、辺りには何の変化も起こらなかった。
ただ渡が膝をついたまま、五秒、十秒と時間が経過して、何も起きていないことがハッキリとしだした。
渡は閉じていた目を開けると、周りを見回す。
キョトン、とした顔をしている面々の姿を見て、首をひねった。
「………………あれ?」
「起動してませんね。ご主人様、先ほどの言葉は、ちゃんと言えていましたか?」
「多分。絶対かって言われると、ちょっと自信がないけど」
「私もうまくできていたように思います……。これはどういうことでしょうね?」
「文字はラスティさんのチェックも済んでるし、問題ないはずだ。なにか条件を間違えてるのか……?」
渡のもとにマリエルが一番にやってきて、渡の様子を確かめられる。
心配してくれているようで、その心遣いが嬉しかったが、特に何も異変はない。
というか、一切の変化が起きてない。
膝についた土を払い、動揺した気持ちを立て直しながら、原因を分析しはじめた。
放った言葉のチェック、礎石の文字、配置などを確認していると、見守っていたクローシェが元気に駆け寄ってきた。
「あ、はいはいはい! 分かりました、わたくし、かんっぜんっに! 分かりましたわ!」
「んー、礎石の置く位置のバランスが悪いとか?」
「一応確認してみるか。……いや、これで問題ないはずだぞ」
「困りましたねえ」
「ちょ、ちょっと、お聞きになって? わたくし分かりましたの!」
グイグイと顔を近づけてくるクローシェが、あまりにも必死だから、思わずマリエルと顔を見合わせた。
とはいえ、マリエルからの意見を完全に聞き終えていない。
自分の意見を最優先しろ、というクローシェの態度は、今の仲間内ならば良いが、ふとした瞬間に大問題に繋がりかねない。
ブンブン尻尾を振って、今にも褒められることを期待しているクローシェに、手を突き出して制止する。
「待て。クローシェ、待てだ」
「で、ですが」
「今はマリエルから意見を聞いている。色々な可能性を吟味して、取りこぼしがないかを確かめるためにも、順番に聞いていきたい。クローシェはちゃんと次に聞くよ。分かるな?
「うぅぅっ」
クローシェは命令されてもじもじとしていたが、やがて頷くとスゴスゴと引き下がった。
それでも、まだ早く話を聞いてほしいのか、尻尾をブラン、ブランと動かして、物欲しそうな目で渡を見つめている。
まったく仕方ないやつだな。
とはいえ、そんな姿にも愛嬌を感じてしまって、憎めないのだが。
そういう姿もクローシェの魅力の一つに感じている自分は、相当に惚れているな、と思う。
「で、どうだろう。他の可能性はなにか考えられるか? 俺自身のミスとすれば、やはり請願の仕方が悪かったのかもしれないと思ってるんだが」
「とはいえ、手順に間違いはなかったわけですよね?」
「ああ。自分で評価する限りでは、それなりに初めてにしては上手く行ったはずだ」
「考え方によっては、中途半端に起動しなかっただけ、良かったのではないでしょうか。まったく反応がなかったわけですし。……そう考えると、部分的に合っているというよりも、根本的な間違いがあるのかもしれません」
「なるほどなあ。部分的に合っているなら、その分反応があっても良いわけか。他にも何か気付いたことがあったら言ってくれ」
「……いえ、今のところはこれぐらいでしょうか」
少し考え込んだマリエルだが、新しい考えは出てこなかった。
話が終わった気配を感じたのか、クローシェが餌を待ちわびた子犬のように、今にも駆け寄ってきそうな気配で、渡の声を待っていた。
「待たせたな、クローシェ。えらいえらい」
「と、とうぜんですわ……くぅん……」
「だが人の話を遮るのはよくないぞ」
「うっ、申し訳ございません。わたくし、夢中になってしまって」
ヨシヨシと頭を撫でると、猛烈な勢いで尻尾を振るクローシェからは、当然などと謙虚な言葉が事実とは思えない。
とはいえ、性質や性格の問題だろうから、すぐに直ることを期待しないほうが良いだろう。
「次から気をつけてくれたら良いさ。さて、じゃあ聞かせてもらおうか。クローシェが完全に理解した、ゲートの問題点を教えてもらおうか」
「プ、プレッシャーをかけますわね」
「ハードルを上げたのはクローシェお前だぞ。自分であれだけデカいことを言ったんだから、さぞ優れた回答が出てくるんだろ?」
「あうあうあうあう……。ま、まあ大丈夫ですわ。わたくしはいつだって完璧、パーフェクトな女ですから」
「もう良いから、はよ答えろ」
「うっ、主様ってわたくしにだけ手厳しくありません!? それじゃあ言いますけど、これってもしかして、そもそものやり方が間違っておりませんってことですの?」
「どういうことだ? ちゃんとラスティさんのやり方をしっかりと教わって、真似てるぞ。ハノーヴァーでも起動してたし、間違いはないはずだ」
「チッチッチッ! そういうことではございませんわ!」
「というと?」
人差し指を立てて、左右にわざとらしく振る大仰な態度にイラッと来たが、クローシェは本当になにか確信があるようなので、ぐっと堪えた。
「わたくしたちの世界については、ラスティさんのやり方で間違いないのでしょう。でも、こちらではお地蔵様? のやり方でないといけないのではなくって?」
「――ああああああっ、そうかっ。そういうことか……ッ!!」
衝撃。
言われてみれば、当然のことのように思えて、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
たしかに! 世界が変わればやり方が変わってもおかしくない!
「オーホッホ! わたくしの閃きが冴えていますわ!」
ドヤッ! と胸を張るクローシェの自慢そうな態度はイラッと来たが、今回ばかりはお手柄に思えた。
帰ったらたっぷりと
「オーホッホッホッホッホッホッ――――!」