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第83話 クローシェの冴えた考え

 神様への請願が終われば、すぐに光が放ちだし、ゲートが起動する。

 その筈だというのに、辺りには何の変化も起こらなかった。


 ただ渡が膝をついたまま、五秒、十秒と時間が経過して、何も起きていないことがハッキリとしだした。

 渡は閉じていた目を開けると、周りを見回す。


 キョトン、とした顔をしている面々の姿を見て、首をひねった。


「………………あれ?」

「起動してませんね。ご主人様、先ほどの言葉は、ちゃんと言えていましたか?」

「多分。絶対かって言われると、ちょっと自信がないけど」

「私もうまくできていたように思います……。これはどういうことでしょうね?」

「文字はラスティさんのチェックも済んでるし、問題ないはずだ。なにか条件を間違えてるのか……?」


 渡のもとにマリエルが一番にやってきて、渡の様子を確かめられる。

 心配してくれているようで、その心遣いが嬉しかったが、特に何も異変はない。


 というか、一切の変化が起きてない。


 膝についた土を払い、動揺した気持ちを立て直しながら、原因を分析しはじめた。

 放った言葉のチェック、礎石の文字、配置などを確認していると、見守っていたクローシェが元気に駆け寄ってきた。


「あ、はいはいはい! 分かりました、わたくし、かんっぜんっに! 分かりましたわ!」

「んー、礎石の置く位置のバランスが悪いとか?」

「一応確認してみるか。……いや、これで問題ないはずだぞ」

「困りましたねえ」

「ちょ、ちょっと、お聞きになって? わたくし分かりましたの!」


 グイグイと顔を近づけてくるクローシェが、あまりにも必死だから、思わずマリエルと顔を見合わせた。

 とはいえ、マリエルからの意見を完全に聞き終えていない。


 自分の意見を最優先しろ、というクローシェの態度は、今の仲間内ならば良いが、ふとした瞬間に大問題に繋がりかねない。

 ブンブン尻尾を振って、今にも褒められることを期待しているクローシェに、手を突き出して制止する。


「待て。クローシェ、待てだ」

「で、ですが」

「今はマリエルから意見を聞いている。色々な可能性を吟味して、取りこぼしがないかを確かめるためにも、順番に聞いていきたい。クローシェはちゃんと次に聞くよ。分かるな? 待て・・

「うぅぅっ」


 クローシェは命令されてもじもじとしていたが、やがて頷くとスゴスゴと引き下がった。

 それでも、まだ早く話を聞いてほしいのか、尻尾をブラン、ブランと動かして、物欲しそうな目で渡を見つめている。


 まったく仕方ないやつだな。

 とはいえ、そんな姿にも愛嬌を感じてしまって、憎めないのだが。

 そういう姿もクローシェの魅力の一つに感じている自分は、相当に惚れているな、と思う。


「で、どうだろう。他の可能性はなにか考えられるか? 俺自身のミスとすれば、やはり請願の仕方が悪かったのかもしれないと思ってるんだが」

「とはいえ、手順に間違いはなかったわけですよね?」

「ああ。自分で評価する限りでは、それなりに初めてにしては上手く行ったはずだ」

「考え方によっては、中途半端に起動しなかっただけ、良かったのではないでしょうか。まったく反応がなかったわけですし。……そう考えると、部分的に合っているというよりも、根本的な間違いがあるのかもしれません」

「なるほどなあ。部分的に合っているなら、その分反応があっても良いわけか。他にも何か気付いたことがあったら言ってくれ」

「……いえ、今のところはこれぐらいでしょうか」


 少し考え込んだマリエルだが、新しい考えは出てこなかった。

 話が終わった気配を感じたのか、クローシェが餌を待ちわびた子犬のように、今にも駆け寄ってきそうな気配で、渡の声を待っていた。


「待たせたな、クローシェ。えらいえらい」

「と、とうぜんですわ……くぅん……」

「だが人の話を遮るのはよくないぞ」

「うっ、申し訳ございません。わたくし、夢中になってしまって」


 ヨシヨシと頭を撫でると、猛烈な勢いで尻尾を振るクローシェからは、当然などと謙虚な言葉が事実とは思えない。

 とはいえ、性質や性格の問題だろうから、すぐに直ることを期待しないほうが良いだろう。


「次から気をつけてくれたら良いさ。さて、じゃあ聞かせてもらおうか。クローシェが完全に理解した、ゲートの問題点を教えてもらおうか」

「プ、プレッシャーをかけますわね」

「ハードルを上げたのはクローシェお前だぞ。自分であれだけデカいことを言ったんだから、さぞ優れた回答が出てくるんだろ?」

「あうあうあうあう……。ま、まあ大丈夫ですわ。わたくしはいつだって完璧、パーフェクトな女ですから」

「もう良いから、はよ答えろ」

「うっ、主様ってわたくしにだけ手厳しくありません!? それじゃあ言いますけど、これってもしかして、そもそものやり方が間違っておりませんってことですの?」

「どういうことだ? ちゃんとラスティさんのやり方をしっかりと教わって、真似てるぞ。ハノーヴァーでも起動してたし、間違いはないはずだ」

「チッチッチッ! そういうことではございませんわ!」

「というと?」


 人差し指を立てて、左右にわざとらしく振る大仰な態度にイラッと来たが、クローシェは本当になにか確信があるようなので、ぐっと堪えた。


「わたくしたちの世界については、ラスティさんのやり方で間違いないのでしょう。でも、こちらではお地蔵様? のやり方でないといけないのではなくって?」

「――ああああああっ、そうかっ。そういうことか……ッ!!」


 衝撃。

 言われてみれば、当然のことのように思えて、頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 たしかに! 世界が変わればやり方が変わってもおかしくない!


「オーホッホ! わたくしの閃きが冴えていますわ!」


 ドヤッ! と胸を張るクローシェの自慢そうな態度はイラッと来たが、今回ばかりはお手柄に思えた。

 帰ったらたっぷりとご褒美おしおきをあげることにしよう。


「オーホッホッホッホッホッホッ――――!」


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