渡が新たなビジネスのネタを考えている時間は、それほど長くなかった。
どちらにせよ、細かい手段などは打ち合わせる必要があるのだ。
それよりも、わざわざこの山に来たのは、薬草園で育てたポーションの原料が、ちゃんと成長し、採取できる段階に来ているかを確認するためだ。
ステラのチェックさえ問題なければ、今日にでも刈り取って、実際に調合ができないか確かめるつもりだった。
「まえに植えた苗ですが、とてもよく成長していますよ。私の目からは、もうそろそろ採取してもいいんじゃないですかねえ。とはいえ、花が咲いたり、実が結実してるわけじゃないので、確実なことは言えませんがね」
「あっ、そうですか。それは良かった。ってうおっ、本当にめちゃくちゃ伸びてますね!」
只野が嬉しそうに報告してくれたので、楽しみに薬草園を見てみたが、本当にしっかりと根を張り、葉を沢山生い茂らせていた。
それどころか、一角には太い茎から若木になるのでは、などと思われるほど背の高いものもある。
同じ土地でも驚くほどの成長率を見せるところと、十分な成長を見せるところに分かれていた。
青々とした葉は、一枚で渡の手ぐらいはあるだろうか。
表面はツヤツヤとしていて、裏面にはわずかに産毛のようなものが生えている。
生育具合の違いに、ステラがこてん、と首を傾げた。
「あらぁ……? これは土地の影響でしょうか……」
「日当たりや水はけは特に変わらないと思いますがね。私も毎日見ていて、どうしてこんな差が出たのか、不思議です。もしかして、一番最初に植えた場所だからですかねえ?」
「へえ、不思議なこともあるものです。お前たち、よく育ったなあ」
渡が声を掛けると、不思議なことに風も吹いていないのに、生い茂った薬草たちがガサガサと揺れる。
それがあまりにもタイミングよく鳴り響いたものだから、なんだか自分の言葉に答えているような気がしてしまって、渡は少し嬉しくなった。
なお、今過剰なまでの急成長を見せている区域は、渡たちが先日手ずから苗を植え、渡が最後に声をかけた区域だ。
それ以外は、毎日少しずつ只野が拡張し、育ててきた区域だった。
この中で、唯一精霊を見ることができるステラが、その様子を見て唖然と目を見開いていた。
「あなた様――」
「ステラ、これはもう葉を採っても大丈夫かな?」
「は、はいぃ! ぱっと観察した印象ですけど、とてもいい素材になりそうです。一つの株から一気に採ると弱ってしまうので、大きな葉を中心に、分散するように採ります」
「よし、分かった。それじゃあ手分けしてはじめようか。只野さん、これで十分成長してるみたいです。日頃の世話、ありがとうございます」
「いえいえ、しっかりと給料を頂いていますから」
園芸鋏を使って、葉の茎の部分からパチン、パチンと一枚ずつ採っていく。
只野が用意してくれていた籠に、摘まれた葉っぱが一杯になるまで積み重なった。
不思議と何処か爽やかな匂いに感じられた。
何度か先述しているが、これらの薬草は多年草のため、冬期以外なら年に複数回の採取が可能だ。
「あなた様、こちらの方も違いがないか、採っておきませんか?」
「おっ、それもそうだな。同じ山で不思議なことが起きたもんだ。あれか、龍穴に近いとかあるのかな」
「……違うと思いますぅ。あれは多分、この山の周辺に棲んでいる精霊が力を貸してくれた結果ですね」
「あ、そうなの? じゃあ感謝しないとなあ」
渡の心にあるのは、自然への深い感謝だった。
ステラがジッと見つめるのにも気付かず、手元の作業に集中している。
地球の薬草で、龍脈で育てれば本当に狙い通り魔力を含有した素材になるのか。
無理ならば、またタメコミ草の力を利用しなければならなくなる。
また急激に生い茂った場所と、そうでない場所で品質や効果に差があるのかも調べなければならない。
「よーし、アタシの場所は終わり!」
「早いな! 雑にしてないだろうな、エア」
「えー!? アタシ完璧にやったし! 主はちゃんと見て!」
言われて籠の中の葉を見れば、本当に綺麗に採取できている。
同じ道具を使っているのに、心なしか断面も美しく、葉が生き生きとしているように見えた。
「エアは手際が良いですよ」
「刃物の扱いなら、剣じゃなくてもお任せだもん」
「へえ、じゃあクローシェも得意そうだ…………な……」
「いぇっくし! へっぷし! は、ハクションッ! な、なんですのこれ。ものすごく鼻に、っくしッ!」
どうも爽やかに感じる薬草の匂いも、多量に浴びると刺激になるのか、クローシェはくしゃみを連発して、とても不快そうだ。
犬の嗅覚は人の一万倍、特定の臭いには百万倍ぐらいあるとされているから、物によっては非常にキツい刺激になるのだろう。
「わ、わたくしこの作業はパスさせていただきますわ!」
いつもは余計なことをしでかすクローシェだが、今回ばかりは種族的な問題ということもあって、クローシェ自身に非はまったくない。
これを怒ったり叱るのは、それこそ人種差別と変わらないだろう。
それでもなんだかしまらないなあ、と思ってしまうのは、彼女の性質によるものだろうか。
「~~~~ッッックション!」