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第79話 ノックダウン

 ゲートを利用して、王都でラスティと別れた渡たちは、そのまま真っすぐに地球に移動し、自宅へと帰った。

 わずか数日の出来事とは言え、マリエルとクローシェを失いかけた事態は、渡の精神に強い負担をかけた。


 日本に帰ってきたらすぐに安心というわけにもいかない。

 こちらでも以前から、何らかのスパイらしい存在は確認されている。


 今は遠くから監視されているだけかもしれないが、どんな強硬手段に出るともしれない相手だ。


 ゲートから自宅までを警戒しながら移動し、自宅の扉を潜った渡は、ホッと張り詰めていた神経がゆるみ、一気に疲れを感じた。

 衣服を緩めてリビングの椅子にドサッと腰掛けると、思いきり体重を預ける。


 つかれたあああああ……。


 今日一日だけでも、ゆっくりしたい……。

 よく休みなく世界中を飛び回っている実業家などがいるが、ものすごい体力気力だと思う。


 少なくとも渡にはそんな真似はできそうになかった。


 とはいえ、大金があるから金貸しをしたり、投資をして稼ぎまくろう、とも渡は思えない。

 物を売って稼ぐ、というのが渡の性分には合っているから、結局ずっとこのような生活を続けることになるだろう。


 エアとクローシェはここまで抱えてきた大きな荷物をドサドサと一通り置くと、渡のあとに続いてリビングに入った。


「あー、ようやく帰ってきたな。やっぱり家が一番落ち着くよ」

「アタシは暴れたりない。せっかく久々の実戦だったのに、歯応えがなさすぎた。もっと強い敵がいないと腕が錆びつく」

「剛毅なことだ。強いエアなら心配ないかもしれないけどさ、それぐらいの相手で俺は良かったよ。万が一エアの身に何かあったら大変だからな」

「あるじ……ありがと」


 渡がエアの手を掴んで軽く引っ張ると、エアは抵抗もせずに引き寄せられた。

 ぽすんと膝の上に乗って、向かい合う形になる。


 戦いとなれば鬼神もかくや、と言わんばかりの活躍を見せるエアだが、渡にとっては可愛らしくも美しい恋人だ。


 耳の付け根をコショコショと撫でると、虎耳がピクッピクッ、と跳ねる。


 エアが少し感動したように、渡を見た。

 虎を思わせる深い黄色の瞳が、キラキラと輝いている。


 チュッと口づけを交わした。

 そのまま軽く舌を絡める。


「エアはほんと可愛いな」

「でしょ?」

「自信が高すぎてビビる」

「アタシが可愛いのは事実なんでしょ? 主もアタシの魅力にメロメロだ」

「うん、お世辞抜きに絶世の美少女だとは思う。でも普段は強そうには見えないな。こんなスタイルが良くて、プニプニもしてるのに」

「本当に強いものは、強さをひけらかさないのっ」

「そういうことにしておこうか」

「むむ~っ! そんなこと言うと、アタシが上になって押さえつけて身動きできなくするよ?」

「勘弁してくれ」


 エアが渡をギュッと抱きしめると、途端にまったく身動きできなくなった。

 エッチをしている時も、たまにエアはスイッチが入ると上に乗って貪り食うときがある。


 自宅で大人しくゲームをしている時や、ガツガツとご飯を食べているときなどは、少しも強そうには見えない。

 むしろ色っぽい、魅力的な美少女だ。


 スイッチひとつでガラッと印象が変わる少女だ。

 軽く抱きしめると、柑橘系のいい香りがした。


「まだ昼前だけど、今日はもう完全に休養にしようか」

「オッケー! アタシはゲームしよっと。アプデ来てるかな」

「……エア、お前」

「ん? 主も一緒にやるっ!? 協力プレイもあるよっ?」


 エアが一瞬にして渡のもとから離れると、ウキウキとゲーム機の前に座った。

 素早くモニターとゲームを起動させると、すぐにいつものソフトを選択する。


 ユラーン、ユラーン、と不規則なリズムで揺れる尻尾は、今からの遊びに興味津々なのが目に見えて分かった。


 あまりの切り替えの速さに、呆れて苦笑いが漏れる。

 だが、この軽さもまたエアの魅力のひとつだ。


 未来予知のときのように荒れ狂った姿よりは、今の楽しそうな姿のほうが絶対に良い。

 エアがお気楽な調子ということは、今は気楽にできる状況とも言えた。


 渡は立ち上がると、冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラを二本取り、一本をエアに渡して隣りに座った。


「わたくしは鈍らないように、ランニングしてきますわ!」

「クローシェさん、百貨店まで一緒に行きません? 数日開けていたから、買い物に行きたいですねえ。冷蔵庫の食材も使い切って出ましたし」

「ポーションのぉ、開発しますぅ」


 休暇になって、それぞれが帰ったばかりだというのに慌ただしく動き始めたのを見て、体力と精神力の違いを痛感する。

 やっぱりもう少し鍛えたほうが良さそうだろうか。


「主がちょっと鍛えたほうが良いのは確かかも。夜もすぐバテバテだもんね」

「お前っ! ……エアのペースに合わせたらバテるに決まってるだろうが、一緒にするな」


 というか、夜の情事がちょっとした訓練になってるまである。


「イシシ、……今夜は約束通り、マリエルとクローシェと同じぐらいには楽しもうね」

「お、おう……明日は買った山の薬草園に行って様子を見ないといけないし、ゲートの設置もあるからほどほどにな……?」

「んふふ、やーだ❤」


 コントローラーを精密に操作しながら、エアは舌なめずりしつつそんな事を色っぽく言うものだから、渡はつい動揺して操作を誤り、敵からショットを食らってしまった。

 銃弾を幾つも食らったキャラが瞬時に倒れていく。


「あっ! やられた」

「ンフフフ、主はアタシがいないとほんとにダメだね」

「まったくだ」


 からかうように笑いながら、エアが残敵を倒していく。

 現実もゲームも、一発ノックダウンである。


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