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第78話 リボバーライン王国フクリー王子との対立

 リボバーライン王国の第三王子、フクリーは、王子という呼び名の一般的なイメージほど若くはなく、今年で四十歳を迎える。

 ヒト種ではあるのだが、その背丈は二メートルを、体重は百五十キロを超える巨漢だった。


 ギョロリとした猜疑心の強い目、発達した顎の周りは、ヒゲですべて覆われている。


 全身に濃い体毛が生え、筋骨の発達が甚だしく著しい。

 ヒグマ種の特徴が色濃く表出していた外見だった。


 専用の机と椅子に座っているが、あまりの巨体のために、家具が小さく見えてしまう。


 これは隔世遺伝として、先祖にいたであろうヒグマ種の遺伝子が強く出たためだ。

 だが、国王も后もヒト種であったために、フクリーは生まれてからずっと冷遇を受けてきている。


 それどころか最初は本当に自分たちの子なのかと、后の不貞を疑われるほどの騒ぎになった。


 幸いだったのは、フクリーは見た目の猛々しさだけでなく、人並み以上には知性にも優れていたことだ。

 両親ともに愛情を注がれなかったフクリーは、獰猛ながらも狡猾な熊のように、じっくりと考えることを身に着けた。


 王の側室は二桁も半ばほどまで膨らんでいたが、その子等で正当な後継権を持つものは十人ほど。

 正攻法の後継者として指名され、順当に後継を担うという道筋はすでに諦めている。


 いつの日か、兄たちを差し置いて自分が王座に就くことを狙っているが、その日が来る気配は今のところなかった。

 それもこれも、現王が老いてもなお衰え知らずで、退位する気配がないからだ。


 実力行使で玉座を簒奪するのは最終手段で良かった。

 自分が貴重な宝物庫の武器をとれば、確実に玉座を取れる自信はあったからだ。


 だが、その後の統治を考えるなら、策謀によって簒奪したほうが、よほど賢い。


 フクリーは少ないながらも自分の部下を使い、少しずつ来るときに備えてきた。

 自分に心酔する部下を増やし、領内の貴族に賛同者を増やし、邪魔者を少しずつ失脚させて排除してきた。


 来たるときは近い――。

 冷静を保ちながら、表情の分かりにくい口元に冷酷な笑みを浮かべていたフクリーだが、急報が届けられ、その余裕の表情が剥がれ落ちることになる。


「ハノーヴァーに派遣した部隊が壊滅し捕縛されただと!?」

「はっ、はは! 詳細は分かりませんが、現在衛兵に金を掴ませて情報を取得しましたところ、前ハノーヴァーの領主の娘が、仲間とともに訪れ、これを撃退したとのことです」

「どういうことだ!! 奴の娘は奴隷に落としたはずだぞ」

「詳細は分かりかねます」

「なぜだ!? 完璧な、完璧な計画だったはずだ! クソがっ!」

「ヒッ!?」


 フクリーは苛立たし気に机を叩いた。

 それだけで机の天板がバキキッと大きな音を立てて割れてしまう。


 報告に訪れた部下が顔を青ざめさせ、恐怖に慄いた。

 ギロッと部下を睨めつけながらも、すでに激情は治まっている。


「……すまん、もう大丈夫だ」


 粉々になった木片を毛むくじゃらの手を叩いて落としながら、フクリーは計画について考える。


 ハノーヴァーの侵攻計画自体は、フクリーが計画を練る遥か前から存在していた。

 愚かにも領主たちが把握していない遺跡の情報を、リボバーライン王国は別の遺跡から手に入れた古えの遺物地図によって掴んでいたのだ。


 しかしハノーヴァーは辺境とはいえ、完全にリボバーラインと隣接しているわけではなく、部隊を差し向けて陥落させるのは難しかった。

 軍を向ければ全面的な戦争になっただろう。


 そこで先代王は近隣のモンスターたちを密かに誘引させ、壊滅的な被害を負わせることに成功したのだ。

 暗躍していたことがバレれば国際的に非常に大きな非難を受ける活動だが、国でも有数の腕利きが実行したことで事故、災害として処理された。


 リボバーラインは当時、騒動に乗じて遺跡を攻略する予定だった。

 だが、ハノーヴァーの領主が私財のほとんどを擲って防備の急再建を果たしたために、一旦計画は白紙状態に戻さざるを得なくなった。


 封建主義の貴族にとって、富は自分の地位と直結する力そのものだというのに、一切の躊躇なく実行した旧領主は、知らずにさらなる混沌を防いだ。


 そして、災害を受けた地として当時は周囲から注目が集まっていたために、リボバーラインの関与を疑われるのは非常にまずかった。

 下手をすれば周囲から総攻撃を受ける可能性すらある。


 計画そのものが月日とともに忘れ去られようとしていた時に、その計画の再利用を考えたのがフクリーだった。

 ヘルメス王国の前財務卿と密かに通じると、少しずつハノーヴァーの税率を上げさせ、支援を減らし困窮させた。


 秘密の再建計画を持ち込ませて、領主家族を完全に没落させたのも、もともとはフクリーの計画だった。

 唯一人の後継者であるマリエルが奴隷になり、領主は返済に困り領地を返上。


 腑抜けた代官が置かれ、すべては計画通りに進んでいる……はずだった。


 しかし、最近になって風向きが完全に変わった。

 前財務卿は更迭され、新しい財務卿であるモイーは辣腕を振るい、自分の領地運営が非常に順調なこともあって、一切の甘言に乗る気配はない。


 それどころか王国内の綱紀粛正に励み、あらゆる諜報活動が非常に難しくなった。

 密かに情報を探らせていた隠密に長けた傭兵部隊は徹底的に壊滅し、貴重な手足を失った。


 ヘルメス王国で急激に拡大しつつあるウェルカム商会を襲撃させ、国力を低下させつつ資金源とする予定だったが、ウェルカム商会は打撃こそ受けたものの、その後に再び再成長を続けている。


 ならば、これ以上防備が厚くなる前にと、長年少しずつ育てていたとっておきの部下たちをハノーヴァーに派遣したら、それも捕らえられたという。


「おかしい、どういうことだ……。モイーという男が財務卿に就任して以来、風向きがまったく悪くなっている……よほどの切れ者なのか……?」

「もとより有能で知られ、また蒐集家として国内外の有力者ともかなり懇意だったと言います」

「突然正卿に抜擢を受けるだけはあるということか。クソ忌々しい」


 フクリーはモイーへの憎しみを膨らませた。

 ずんぐりとした顔が睨むと、凶相に見える。


 慈愛の欠片すら見えない冷ややかな瞳も、両親に冷遇される原因だった。

 だが、普段は部下にはそれなりに寛容で、かつ有能なものを抜擢する度量があった。


 報告に来た男も、情報の管理には長けている。


「モイー卿と言えば、面白い話を聞きました。なんでもかの者、向こうでは万華卿と呼ばれているとか。世界に二つとない貴重な万華鏡なるものを献上し、地位に就いたそうです」

「ふむ、それで?」

「なんでもその万華鏡、一人の行商人が持ち込んだものだそうでございます。ヘルメス王国の変化の源泉がモイー卿であるならば、モイー卿の台頭のキッカケは、その行商人ということになりましょう。しかもその男、なんでもウェルカム商会の砂糖にも深く関わっているそうでございます」

「…………非常に目障りだな」


 まさか、その行商人である男が諜報を行っていた部隊の壊滅に関わり、ハノーヴァーの襲撃者たちを撃退していたとまでは、彼らも知らなかった。

 フクリーは叩き折れた机を苛立ち紛れに引き裂くと、ぺろりと口を舐めた。


「邪魔者は可能ならば取り込む。その行商人の男を探し、接触しろ。それが拒絶するようなら排除しろ」

「はは……っ!」

「ああ、捕らえられた部下はなんとしても救助してやれ。ランブル領に潜ませていた部下を、護送車両に襲撃をかけろ」

「了解いたしました」


 命を受けた男が短く返答し、事は更に激しく動きはじめようとしていた。


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