ハノーヴァーの領都でも唯一のしっかりとした宿は、女将が気を回したために、非常に大きなベッドがあった。
様々な獣人も宿泊するため、その大きな体を休められるよう、キングサイズベッドの備えた部屋も必ず用意されているそうだ。
逆に日本ではペット用のベットかな、としか思えないような、小さな寝具もあるらしい。
大は小を兼ねるというが、彼らは小さなピッタリとしたサイズのほうがしっくりと来ることも多いなどと聞き、そんなものかと納得した。
シーツは清潔で変な虫もおらず、快適な夜を過ごすことができた。
六月の初夏だが、異世界は地球に比べると、ずいぶんと涼しい。
夜などは冷えるぐらいだったが、そこは体を寄せ合っていたこともあり、ぐっすりと眠れた。
農園の指導を終えた次の日の朝のことだ。
ラスティと顔を合わせると、彼女は顔をぼっと真っ赤に染めて、目をそらした。
「おおお、おはようございましゅ……!」
「はい? おはようございます」
「きょ、今日はいい天気れしゅね」
「そうですか? 少し曇っていて、いつ雨が降ってもおかしくなさそうですが」
「あ、あはははは……し、失礼しまひゅ!」
動転してまったく頭が回っていなさそうな様子を不思議に思いながらも、ラスティは忙しそうに準備を始めたため、特に問いただすことはしなかった。
今日はゲートの設置を行う予定で、彼女はそれなりに準備があるのだ。
首を傾げていると、朝食を食べていたエアが渡を呆れて見ていた。
「主、なかなか
「なにが?」
「隣の部屋を取ってたんだから、完全に聞こえてたと思うよ」
「あっ! ……あー、あの反応は、そういうことか」
昨晩は疲れていたのだが、マリエルとクローシェを失うという非常に衝撃的な体験をしたため、激しく二人を求めてしまったのだ。
いつも折檻プレイをしているクローシェだけでなく、マリエルもたっぷりとお仕置きをして、絶対にずっと一緒にいて、奉仕することを誓わせてしまった。
エアとステラはそそくさと素早く寝入ってしまったが、隣室だったラスティは長時間漏れ聞こえてくる行為の音を聞いてしまっていたのだろう。
恥ずかしい気持ちと、申し訳ない気持ちで、渡も次に顔を合わせづらかった。
いつもは渡より必ず早く起きているマリエルが、ノロノロと起き上がると、ゆっくりと朝の支度を始める。
眠たそうな表情を浮かべ、髪を乱れさせた姿を見るのは滅多にないだけに、少し新鮮だった。
真っ白な肌にいくつも歯型とキスマークが浮かんでいて、マリエルはそれを一つ一つ撫でていた。
その横ではクローシェが膝をガクガクと震わせ、壁に手をつき、時折腰を支えながらノロノロと着替えている。
お尻が真っ赤に腫れ上がっていて、そうっとズボンを履いては、ひうっ、などを呻いていた。
「……ヤリ過ぎ」
「ちゃうねん……。これはその……」
エアにじとっと見つめられて、答えに詰まった。
もしかしたら、あの未来予知は今後起きるかもしれないと思うと不安と独占欲がぶわあああ、と刺激されて。
その、衝動的に自分ものだ、という印を残したくなってしまったのだ。
「主の変態」
「返す言葉もありません」
そんな冷たい目で見ないで欲しい。
エアが大きな乳房を両手で持ち上げると、見せびらかすように動かした。
ばるん、と見事な跳ね方をする。
「次のアタシの番も、同じぐらいたっぷりしてもらうから」
「はい、分かりました」
金色に光るエアの目が捕食者のように輝いた。
その奥に光る淫欲の暗い炎の色を見て、渡は頷くことしかできない。
これはスイッチが入ってしまっている。
薬師ギルド謹製の精力剤を補充しておかないと、大変なことになりそうだと思った。
◯
しばらくぎこちない関係が続いたが、それも昼過ぎには落ち着いた。
というよりも、ラスティがいよいよゲートを設置する段階になって、引きずっていられなくなったのが大きい。
「ワタル様、外壁の外になってしまいますが、本当にここでよろしいのですね?」
「はい、ラスティさん、お願いします」
「わたくしめは、遺跡の中も選択肢として良いと思えましたが」
「今後、領主が利用を検討した際に、不自然に気付かない場所があったりしても困りますし、襲撃者の仲間が、再度侵入を試みないとも限りませんからね」
「分かりました」
ゲートの位置をどこに設置するかは話し合ったのだが、当初は遺跡内の案もあったが、結局は防壁の外に決まった。
というのも、出入りする門が一つしかない上、人口の少ないこの町の場合、どう言い繕っても門を通っていないことを隠せないからだ。
訪れる回数が多いため、今後は誰かしらに渡のゲートの利用がバレてしまう。
幸いにして外壁のすぐ近くにゲートを設置すれば、それほど時間がかからない上、モンスターに襲われることもない。
「それでは、始めて参ります。ワタル様、今後御自身で設置を考えられておられるとのことですので、しっかりと見ておいてくださいませ」
「はい、よろしくお願いします!」
ラスティは一抱えほどもある礎石を、エアとクローシェが事前に用意した穴にザクッと突き刺した。
周りに土を被せて、動かないようにしっかりと固める。
礎石の周りにもいくつか刻印を入れた石を同じように埋めると、ラスティは土の上に跪く。
両手を組み、頭を垂れる姿は、一瞬にして没我の境地にあることが、渡でも分かった。
うわっ、すごい……。
見ればエアやクローシェも驚きに目を見張っている。
神秘的。
その言葉がもっとも相応しい祈りの姿は実に堂が入っていて、見るものに否応なく神々しさを感じさせた。
若くして助祭の地位に上り詰め、渡のような特例ではなく、その信心と教義の理解の深さによって神の声を聴くに至った聖職者の姿がそこにあった。
やっぱりラスティさん、貧乏で困ってただけですごい人だったんだな……。
頭を垂れたまま、厳かな声でラスティが祈りの言葉を紡いだ。
「願います、願います。
此方より彼方まで、マナの糸よ、次元を縫い合わせ、
時空の波を揺らし、境界線を溶かせ。
無限の可能性が交差する場所に、
門を開き、道を拓け。
混沌と秩序の狭間に、
新たな世界への入り口を築け。
我が言葉に力を、我が意志に形を。
幾重もの現実が重なる刹那に、
扉よ、今ここに。
標に従いて、顕現せよ」
礎石がにわかに、光を放った――――!!