一体この人は何を言い出すんだろうか。
危険を冒して襲撃者を退けたのは、渡たちの成果だ。
百歩譲って、この土地を治めている代官が、遺跡の所有権を主張するというのならば、まだ話の筋が通る。
だが、ラスティに遺物を諦めろ、といわれる筋合いはない。
突然の要求に、特に前に立って危険を引き受けたエアたちの目が厳しくなるのも、仕方がないことだろう。
渡は拒絶しようかと思ったが、そんなことはすでに重々承知した上で、ラスティがお願いをしていることに気づいた。
ラスティは真剣な表情を浮かべているが、その瞳は不安に揺れていた。
神に祈るように両の手を握り、縋るように見上げられては、渡としても話ぐらいは聞くべきか、と思い直した。
ふう、と溜息をついてみせると、ラスティはビクッと肩を震わせた。
獅子を前にした山羊のような怯えた姿に、ゾクッと嗜虐心が刺激される。
「古代遺跡の貴重な遺物なんですよ。一体どれだけの価値になるか、見当もつきません。それを諦めろっていうからには、納得できる理由を話していただけるんでしょうね?」
「はい……。わたくしめとしても、大恩のあるワタル様にこのようなお願いを申し上げて、非常に心苦しく思っています」
「では、どうして?」
「あ、ああ……」
ハッタリ混じりにペロッと舌なめずりして見せると、ラスティは声を震わせた。
それでも、彼女はその目をじっと渡に向け、言うべきことを言う。
強い女性だな、と思った。
「神託なのです……。この地の遺物を世に出してはならないと」
「ああー、神託かあ……」
それを言われると、断れない。
特に渡は普段から異世界と地球との交易で多大な利益を受けとり、今回はマリエルとクローシェの二人まで救ってもらったばかりだ。
それが神々にとって、何かしらの思惑があってのこととはいえ、二人の命にはかえられない。
「せめて理由は分かりませんか?」
「申し訳ありません……。お世話になっているワタル様の不利益になってしまうのは重々承知です。この償いはわたくしめが必ずこの身に代えましても」
「いやいや、ラスティさんはゼイトラム様の言葉を伝えただけなんでしょう?」
何をいそいそと準備を始めようとしてるかな!?
ラスティが目線を下げながら、恥ずかしそうに修道服を脱ごうと手をかけた。
襟元のボタンが外されると、艷やかな柔肌が露わになり、豊満な乳房が――
ああ、うちの未来の嫁たちの目が冷たい!
「やっぱりご主人様ってケダモノ……」
「ケダモノっていうか、主はヒト種だから。あんなに遠慮なく凝視してサイテー」
「万年発情期はヒト種ばかりって言いますものね。不潔ですわ……」
「貴方様ぁ、わたしがいくらでもお相手しますのにぃ……」
ほら、いわれなき中傷を受けてる!!
ちゃうんや! これは男のサガなの!
ひそひそ話しながら、わざと渡には聞こえる絶妙な声量で話す婚約者たちに、渡は冷や汗が止まらない。
いつか痛い目に遭う日がきそうだ。
雑誌をお腹に入れておかないとな……。
「分かりました! ゼイトラム様にはとても助けていただいているので、これも神への奉仕活動として、協力させていただきますっ!」
「……そうですか?」
「そこで残念そうにしないでください!」
「そんなことはありません。ワタル様のご協力に、心から感謝いたします」
そう言うと、ラスティは修道服のボタンを留めはじめた。
ああ、豊満な肢体が……。
さて、結論から言ってしまうと、遺跡はロックが外れていたために、渡の手でも起動ができた。
長年子どもたちが遊んで起動しなかったのは、強固なロックがされていたから。
つまり、襲撃者たちがロックを外し、時期を伺っていた時に、その機構を触れるクローシェの運の無さがひどすぎる、ということが分かった。
あまりにも哀れすぎて、渡はクローシェにその事実を伝えていない。
本人も別の未来の自分の不運で責められるのは可哀想だろう。
配置されていたガーディアンは、未来予知で見ていた二体、内部にも数体配置されていたが、エアとクローシェ、そして声援を送らなかったステラによって、順調に各個撃破されていった。
もとより矢の奇襲攻撃さえなければ、クローシェ一人でも二体と渡り合えた敵である。
数の利もこちらにあり、エアの武装は神から下賜されたものとあって、装甲の厚さを物ともしなかったことが大きい。
おまけにステラのデバフ魔法がガーディアンとの相性が抜群すぎて、センサー類をボコボコのボコにしたあげく、関節部に砂や蔦が入り込んで、もう可哀想なぐらい一方的な展開だった。
クローシェは自分が殺されたらしい相手に完全勝利したことで意気を高めていた。
「パーフェクトですわ! おほほほほほ! ごほっ! げほごほっ! 笑いすぎて気管がっ!」
などと、今後が甚だしく心配である。
「ここはただの遺跡ではなくて、軍需物資の集積場だったようです。白い光以外にも非常に危険な物が数多あると」
「しかし、こんな多量の荷をどうやって処分するつもりですか?」
多量の箱が恐ろしく積まれているのだ。
それら一つ一つが武器だとすれば、処分するのも難しいように思えた。
渡の質問に、ラスティは少し楽しげに笑った。
あ、可愛い。
「神に捧げるんです」
「ささ、げる?」
「はい。ゼイトラム様、御所望されたこれらの物を捧げます。どうかお受け取りください」
ラスティが両手を組んで跪くと、倉庫に積まれていた箱が光り、あっ……という間すらもなく、空になった。
まるで最初から何もなかったかのように、ただただ空間だけが広がっている。
渡たちはあまりの急激な変化にぽかんと口を開いて、眺めていた。
「本当はお酒とか、お供え物を神様がたが受け取る力なのですが……今回は特例なのでしょう」
「すごい力技で解決しましたね……あれ、なにか残ってますよ?」
「本当ですね……?」
「これは何でしょう……? よく見たら、神字が彫られています」
「ああ、これはゲートの基礎石です。提供に協力されたワタル様が農園を開きやすいように、ゼイトラム様からのお礼代わりでしょうか。あとでわたくしめが設置を行いましょう」
「いつでもここに来れるなら、俺としてはすごく助かりますね。よろしくお願いいたします」
古代の優れた武器は手に入らなかったが、代わりにハノーヴァーへの移動が気楽なものになった。
渡としては今後地球でゲートの設置を増やしたいと思っていたから、ラスティが設置をしてくれるなら、やり方を見て学ぶいい機会になりそうだ。
こうして、ほんの僅かな違いで多大な被害を出すところだったハノーヴァー騒動は、ひとまずは無事に終わりを告げた。
だが、リボバーライン王国の関与が分かった以上、今後はさらに何かの手を打ってくる可能性は残ったままだった。