意識を失った男たちを、アラクネの男にしたように、武装解除していく。
ついでにこのままだと死んでしまうということで、ガッチリと拘束を施した後は、手持ちの急性治療のポーションを掛けた。
アラクネの男とは違い、負傷は多いが手足が飛んだりはしていない。
すぐに傷痕も残らずに負傷は回復していった。
ステラは余韻が残っているのか、顔を真赤にしたままはあはあと荒い息をついている。
いや、潤んだ目で見つめられても、こっちはそういうムードになってないから。
というか、これはどう判断すれば良いんだろうか。
「お手柄だった……って言って良いんだよな?」
「完全勝利には間違いありませんわ。……ひどい絵面でしたけど」
「アタシは不完全燃焼。楽しめそうだったのに」
「うっ❤ …………ふぅ……」
どことなくクローシェとエアは不満そうだが、その気持ちは分からないでもない。
戦士にとって活躍の場を奪われたわけだしな。
そしてステラ、なに余韻で気持ちよくなってるんだ。
そういうのは良いから。
っていうか、この場をどう収めれば良いんだよ。
「ステラ、かなり魔力を放出してたけど、魔力量の残りは大丈夫なの?」
「へ? あ、はいぃ。まだまだ全然余裕がありますぅ」
「無尽蔵の魔力ですわね……。化物じみてますわ」
「これも素晴らしい杖のおかげですねぇ。前はどれだけ魔力があっても、放出する杖が耐えられませんでしたからぁ」
うっとりとした表情でステラが杖が撫でる。
存分に魔力を注がれて、まだ一部が残っているのか、杖はピュィイイ、と笛のように高い風の音を立てた。
ただの優秀な杖だと思っていたが、こんな反応を見ると、生きた武器のようで少し怖い。
「ちょっといいかな」
「なんだ、エア」
「この男たちは、衛兵に突き出して捕らえておいてもらった方が良い。アラクネの男の情報だと、町にはもう敵はいないはずだし、アタシたちがただ暴れたわけじゃないって、代官にも報告が必要」
「たしかにな。さっきの騒ぎは町の人にも知られているだろうし、報告は必須か」
「ん、このままだと、アタシたちが勝手に暴れて、林に被害を与えたことになる」
というか、防風林を中心に竜巻か台風かというような猛風が吹き荒れていたのだ。
間違いなく注意を集めている。
話を聞いて、マリエルが一歩出た。
「私が話をします。一番聞いてくれるでしょうし」
「わたくしめも神官として、説得に一役買いましょう」
「助かります。そうだな……。じゃあ捕まえた男を突き出すか」
別々に行動して大変な目に遭ったばかりだ。
本当は別々に行動したほうが良いことは分かっていても、渡は固まって動くことにした。
男たちから情報を引き出すのは、牢屋に入れてからでも良いだろう。
そういった場所には、渡が以前に購入した拘束具も揃っているそうだ。
魔力を散らしたりして、身体強化を使えないようにできるため、エアやクローシェといった強力な獣人でも拘束できる代物だ。
今の簡易的な拘束よりもよほどしっかりしていて、安心できた。
それにアラクネの男のように、殺して情報を吐かないようにしよう、なんて輩が出ても困る。
ヒョイヒョイっと、エアとクローシェが男たちを担いだ。
ヒトを二人も担いで平気な顔をしているのだから、エアとクローシェの膂力は凄まじい。
ちなみに寝技の勝負をしたことがあるが、ふたりとも渡を一瞬で抑え込んで、ピクリとも動けなかった。
当然の結果ではあるが、あのときの倒錯した二人の表情を見て怖くなかったというと、嘘になる。
町中へと戻りながら、エアが渡にヒソヒソと話しかけてきた。
「主、ステラだけど、
「たしかにヒドかったな。今回は大きな被害もなかったし、相手も無力化できたから結果としては上手く収まったけど、いつか取り返しのつかない時もあるかもしれない」
「うん、アタシやクローシェだって、戦場で高揚することはあるけど、あそこまで我を忘れるのはない。あれは危ない」
「ただなあ……。エアも分かってると思うが、俺がステラを褒めても叱っても、全部悦びに変換されちゃって、上手くコントロールできる気がしないんだ……」
「うん……見てて分かる」
渡の言いたいことが伝わったのか、エアの声のトーンが下がった。
尻尾がブラン、ブランと左右に振られる。
「最悪、俺は戦闘時には話しかけないようにするぐらいかな……。とはいえ、ステラは俺達の中で一番付き合いは短いんだ。もう少し長い目で見てやってくれ。少しずつ変わってもらえるように、俺からも伝えるし、普段の訓練ではエアの方からもアドバイスしてほしい」
「できるかな……難しいかも」
「クローシェとも連携して頼む。実際問題として、俺はそっちには口出しできないからな」
「まあ、そうだよね……」
エアの耳と尻尾が、へなへなと垂れ下がった。
そんな悲痛な顔をするなよ。
俺だってできるならとっくに直して(あるいは治して)もらってる。
「それに、エアに対するクローシェも似たようなものだろう」
「あいつら実は似た者同士……やれやれ、世話が焼ける」
まあ、エアも大概なんだがな、と渡は思ったが口にはしなかった。
自由気ままで、興味がないことにはまったく見向きもしないし、自分の役割じゃないと手を出そうとしない。
ただ、エアの場合は自分の線引を最初からハッキリと提示してくれてるから、周りはこれは頼んで大丈夫、というのが分かりやすい。
クローシェとステラは、どちらも苦手分野が少なく、幅広く高性能に実力を発揮してくれる。
ちょっと、そう、
「はぁ……」
「主の溜息が重たいね」
「人ごとみたいに言うなよな」
「イシシ」
知らない、とばかりに笑うエアの態度が今は少し恨めしい。
マリエルの状況説明は上手くいき、ハノーヴァーの代官の男は、上に指示を仰ぎつつ、男たちの情報を引き出すことを決めた。
男たちは余計なことをしないように、手枷や足枷をつけられ、自害も封じる処置をされた。
防風林で局所的に猛風が吹き荒れたことは把握していたようで、説明に苦慮したとマリエルが珍しく苦言を呈した。
これにはステラも押し黙って、恥じ入るばかりである。
男たちの所持品は、証拠品として没収されてしまったが、問題がなければ後日渡たちのモノにして良いようだ。
隠密や身体能力の向上といった性能は、非常に高い希少品だそうだ。
クローシェの鼻やエアの気配探知すら相当注意しないと欺けるあたり、凄まじい。
任務を成功させるために、リボバーラインから援助を受けていたのかもしれない。
別働隊の盗賊団も似たような装備で、出現位置をごまかしつつ、強襲を掛けているのだろう。
都市の軍の一人ひとりの練度、訓練を費やして高められた連携、軍事予算から捻出された高性能な武装が、そこらの盗賊団に負けるなど、普通なら考えられない、というのが戦闘組の一致した見解だった。
再び子どもたちの遊び場――遺跡――の場所へと移動している渡に、ずっと帯同してくれているラスティが、顔を覗き込む。
「ワタル様、これから古代遺跡に赴かれるのですよね?」
「そのつもりです。本当はコーヒー農園の設立に向けて準備したいですし、そもそも早く宿で休みたいんですが、そうも言っていられないので」
「正直、わたくしめも疲れました……」
もし、万が一にでも、奴ら五人組以外に監視役や知らされていない別働隊がいた場合、作戦の失敗で追い詰められて、遺跡に突入する可能性があった。
地元民ですら知らない遺跡の場所を把握し、ロックを解除できた相手だ。
ガーディアンの防犯をすり抜けて、密かに収奪に成功しないとも限らない。
「非常に申し訳なく、言うのも心苦しいのですが、遺物については手に入れることを諦めていただけないでしょうか?」
「ええ……!?」
思ってもみない提案をされて、渡はまじまじとラスティを見つめた。
巻き角と美しい紅の瞳を持った山羊種の美女は、とても真剣な目で渡を見ていた。