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第72話 ハノーヴァー騒動11

 林の中から、四人組の男たちが出てきた。

 彼らは獣人の、それも皆だれもが、獣の因子を非常に色濃く受け継いだ者たちだった。


 先のアラクネの男もそうだが、差別のない世界、というのも、その外見が大いに関係しているのだろう、とステラは思った。

 人は見た目の大きく違うものを、異物として排除しようとする。


 その痛みは、苦しみは誰よりも共感できるものだ。

 この身は、同族にすら迫害を受けてきたゆえに。


 じくじくと膿んだ傷跡のように、同族の視線やヒソヒソ声を思い出せば胸が痛む。



 それでも、ステラはいかほどにも同情も共感も表に出すことなく、杖を振るった。



 一対一でも、一対多の不利な状況でも、ステラにとって戦闘は慣れたものだった。

 いつも、ずっと最前線で戦い、ギリギリのラインをタップダンスしながら生き残ってきたのだ。


「土の精霊さん、足元に泥をつくって。風の精霊さん、彼らへの音を遮って、臭いを届けなくさせて」

「こ、こいつヤバいぞ! 気をつけろ!」

「ぐわっ、のどが、のどが、か、辛いッ!?」

「目が、目があああああっ!!」

「一つ一つは大した魔法じゃない! 警戒して戦えば問題ないはずだぞ!」


 やることは明確だった。

 とにかく万全の状態では戦わせない。


 足元を泥濘ませて踏ん張れなくする。

 あるいは風を操り、音を聞こえづらくする。臭いを辿れなくさせる。


 刺激性のある空気を漂わせて呼吸を阻害し、目やのどや鼻を痛めさせ、集中を乱す。


 あらゆる情報の入手を少しだけ阻害し、こちらの挙動を読ませない。

 その積み重ねを幾重にも幾重にも重ねる。


 大魔法など必要としない。

 それは容易に使えるが、必要のないものだ。


 それぞれの魔術の消費は、魔力の面でも時間の面でもごくわずか。

 だが、万全の状態で戦えない、というその効果は――凄まじく大きい。


 究極のデバッファー。


 相手から蛇蝎のごとく嫌われる戦い方だが、味方からすら疎まれていたステラは、その手段をまったく気にしなかった。

 むしろ自ら徹底した。


 だが……。


「ステラは凄いな。彼女のお陰でエアとクローシェがすごく戦いやすそうだ」


 あ、ああ!

 ワタル様がわたしの戦い方を褒めてくださっているっ!


 ああっ! ワタル様、わたしの愛しい人っ!

 ステラは、わたしはそれだけで、それだけでぇぇえええ!!


 お゛ほっっ❤


「おっ❤ いぐっ❤ ん゛んッ!!」


 ステラの脳内に多幸感が溢れて、魔力の噴出が止まらない。

 杖の先から溢れ出た魔力は制御を失い、留まることを知らない。


 膨大にして濃密。

 暴走して噴出した魔力は、次第に実体すら持ち始め、風竜の姿を象りはじめた。


 碧色の凶暴にして凄まじい威圧感を持つ、空の王者。


「えっ、ヤバっ!? ステラどんだけ魔力あんの!?」

「はわわわわ、エルフってこんなに魔力持ちなのですの!? ちょっと規格外すぎません!?」


 ヘテロクロミア、規格外、異端のエルフ。

 非常に強大な魔力を持つエルフの一族をして、なお桁外れの魔力量を持つ、常識外れの例外存在。


 防風林の木々が揺れ、暴風が吹き荒れる。

 木の葉が多量に舞い、葉っぱの一枚一枚がカミソリのように幹を、枝を切り裂く。


 敵の高性能な防具を傷だらけにし、その体を持ち上げ、一切の身動きを封じた。

 我を失ってなお精密さを失わない魔力精度は驚嘆の一言だが、頭の方は残念の一言だった。


 ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

 らめっ、らめれすッ!


 そんなに熱い目で見ないでぇぇえええ❤

 頭がおかしくなっちゃうよぅぅぅうう!!




 ◯


 ステラがアヘ顔ダブルピース状態になっている姿を見て、渡たちは不安になっていた。

 戦況は圧倒的とはいえ、明らかに尋常な様子ではない。


 というか、台風の直撃した緊急報道時のような状況になりつつあった。


 ごおおおおッ! と吹き荒れる風はすでに暴風の域。

 姿勢を低くして踏ん張らないと、次の瞬間には足元を持っていかれそうだ。


 ビシビシと肌を打つ砂ですら痛みを感じるほど。


「お、おい、これ大丈夫なのか?」

「主っ、マリエルとラスティと抱き合って頭を下げてて! 移動できそうなら木の陰に!」

「わ、わかった! ラスティさん、マリエル!」

「ひいっ、すごい風ですっ」


 修道服に身を包んだラスティがフードとスカートを必死に抑える。

 吹き付ける猛風に生地がバタバタと大きな音を立てていた。


 そして、それ以上に大きな悲鳴がいくつも聞こえてくる。

 ステラの魔法の範囲外で、この影響なのだ。


 直撃を受けている男たちが無事なわけがない。


「「「「ぎゃああああああああああああああああ!」」」」

「ストップ、ステラ、ストップだって! あわわ、白目向いてる。完全にイッてるニャ……」

「ステラさん!? 気づいてくださいな! こ、この人戦いながらアクメってますわ! 信じられませんの……! 変態ですわ!」

「おっ、お゛お゛っ❤ 」

「ど、どーしよ。殴って止めるのも危険そうだし……」

「あ、主様、ステラを止めてくださいまし! 多分声が届くのは主様だけですわ!」

「わ、わかった。ステラ! ストップだ! ステラ! ステラ! お仕置き……はお仕置きにならないし、どうしたらいいんだ……ステラ!」

「貴方様ぁ、そんなぁ、らめえぇ……ハッ!?」


 内股になって膝をガクガクと揺らし、よだれを垂らしながら、ステラが我に返る。

 白目をむいていたヘテロクロミアの目が正しい位置を取り戻した。


 途端に噴出していた魔力が霧散し、実体を持ち始めていた風竜もその姿を揺らめかせ、消えていった。


 残ったのは地面に落下し、完全に戦闘力を喪失した四人の敵の男たちだ。

 装備も体もボロボロで、激しく傷ついている。


 もはや意識すら失っているためか、エアとクローシェがすぐに拘束した。


「んお゛っ❤ よ、余韻が……わたしは、なにを……?」

「あーあ、アタシの出番が取られちゃった……せっかくいい戦いになりそうだったのに、不完全燃焼」

「わたくしも戦い足りませんわ」

「殺してないし、味方が誰も怪我をしてない。結果だけを見れば大成功だ。だが、これで良かったのか…………? これが戦いと言えるのか……?」


 エアとクローシェは不満そうだし、敵の男たちはズタボロだし、ステラは今後戦闘を任せて良いのか不安だし……。

 はたしてこのような結果を良かったの一言で片付けて良いのか。


 渡は頭が痛くなってきて、全部ぶん投げてしまいたい気持ちになった。


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