林の中から、四人組の男たちが出てきた。
彼らは獣人の、それも皆だれもが、獣の因子を非常に色濃く受け継いだ者たちだった。
先のアラクネの男もそうだが、差別のない世界、というのも、その外見が大いに関係しているのだろう、とステラは思った。
人は見た目の大きく違うものを、異物として排除しようとする。
その痛みは、苦しみは誰よりも共感できるものだ。
この身は、同族にすら迫害を受けてきたゆえに。
じくじくと膿んだ傷跡のように、同族の視線やヒソヒソ声を思い出せば胸が痛む。
それでも、ステラはいかほどにも同情も共感も表に出すことなく、杖を振るった。
一対一でも、一対多の不利な状況でも、ステラにとって戦闘は慣れたものだった。
いつも、ずっと最前線で戦い、ギリギリのラインをタップダンスしながら生き残ってきたのだ。
「土の精霊さん、足元に泥をつくって。風の精霊さん、彼らへの音を遮って、臭いを届けなくさせて」
「こ、こいつヤバいぞ! 気をつけろ!」
「ぐわっ、のどが、のどが、か、辛いッ!?」
「目が、目があああああっ!!」
「一つ一つは大した魔法じゃない! 警戒して戦えば問題ないはずだぞ!」
やることは明確だった。
とにかく万全の状態では戦わせない。
足元を泥濘ませて踏ん張れなくする。
あるいは風を操り、音を聞こえづらくする。臭いを辿れなくさせる。
刺激性のある空気を漂わせて呼吸を阻害し、目やのどや鼻を痛めさせ、集中を乱す。
あらゆる情報の入手を少しだけ阻害し、こちらの挙動を読ませない。
その積み重ねを幾重にも幾重にも重ねる。
大魔法など必要としない。
それは容易に使えるが、必要のないものだ。
それぞれの魔術の消費は、魔力の面でも時間の面でもごくわずか。
だが、万全の状態で戦えない、というその効果は――凄まじく大きい。
究極のデバッファー。
相手から蛇蝎のごとく嫌われる戦い方だが、味方からすら疎まれていたステラは、その手段をまったく気にしなかった。
むしろ自ら徹底した。
だが……。
「ステラは凄いな。彼女のお陰でエアとクローシェがすごく戦いやすそうだ」
あ、ああ!
ワタル様がわたしの戦い方を褒めてくださっているっ!
ああっ! ワタル様、わたしの愛しい人っ!
ステラは、わたしはそれだけで、それだけでぇぇえええ!!
お゛ほっっ❤
「おっ❤ いぐっ❤ ん゛んッ!!」
ステラの脳内に多幸感が溢れて、魔力の噴出が止まらない。
杖の先から溢れ出た魔力は制御を失い、留まることを知らない。
膨大にして濃密。
暴走して噴出した魔力は、次第に実体すら持ち始め、風竜の姿を象りはじめた。
碧色の凶暴にして凄まじい威圧感を持つ、空の王者。
「えっ、ヤバっ!? ステラどんだけ魔力あんの!?」
「はわわわわ、エルフってこんなに魔力持ちなのですの!? ちょっと規格外すぎません!?」
ヘテロクロミア、規格外、異端のエルフ。
非常に強大な魔力を持つエルフの一族をして、なお桁外れの魔力量を持つ、常識外れの例外存在。
防風林の木々が揺れ、暴風が吹き荒れる。
木の葉が多量に舞い、葉っぱの一枚一枚がカミソリのように幹を、枝を切り裂く。
敵の高性能な防具を傷だらけにし、その体を持ち上げ、一切の身動きを封じた。
我を失ってなお精密さを失わない魔力精度は驚嘆の一言だが、頭の方は残念の一言だった。
ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!
らめっ、らめれすッ!
そんなに熱い目で見ないでぇぇえええ❤
頭がおかしくなっちゃうよぅぅぅうう!!
◯
ステラがアヘ顔ダブルピース状態になっている姿を見て、渡たちは不安になっていた。
戦況は圧倒的とはいえ、明らかに尋常な様子ではない。
というか、台風の直撃した緊急報道時のような状況になりつつあった。
ごおおおおッ! と吹き荒れる風はすでに暴風の域。
姿勢を低くして踏ん張らないと、次の瞬間には足元を持っていかれそうだ。
ビシビシと肌を打つ砂ですら痛みを感じるほど。
「お、おい、これ大丈夫なのか?」
「主っ、マリエルとラスティと抱き合って頭を下げてて! 移動できそうなら木の陰に!」
「わ、わかった! ラスティさん、マリエル!」
「ひいっ、すごい風ですっ」
修道服に身を包んだラスティがフードとスカートを必死に抑える。
吹き付ける猛風に生地がバタバタと大きな音を立てていた。
そして、それ以上に大きな悲鳴がいくつも聞こえてくる。
ステラの魔法の範囲外で、この影響なのだ。
直撃を受けている男たちが無事なわけがない。
「「「「ぎゃああああああああああああああああ!」」」」
「ストップ、ステラ、ストップだって! あわわ、白目向いてる。完全にイッてるニャ……」
「ステラさん!? 気づいてくださいな! こ、この人戦いながらアクメってますわ! 信じられませんの……! 変態ですわ!」
「おっ、お゛お゛っ❤ 」
「ど、どーしよ。殴って止めるのも危険そうだし……」
「あ、主様、ステラを止めてくださいまし! 多分声が届くのは主様だけですわ!」
「わ、わかった。ステラ! ストップだ! ステラ! ステラ! お仕置き……はお仕置きにならないし、どうしたらいいんだ……ステラ!」
「貴方様ぁ、そんなぁ、らめえぇ……ハッ!?」
内股になって膝をガクガクと揺らし、よだれを垂らしながら、ステラが我に返る。
白目をむいていたヘテロクロミアの目が正しい位置を取り戻した。
途端に噴出していた魔力が霧散し、実体を持ち始めていた風竜もその姿を揺らめかせ、消えていった。
残ったのは地面に落下し、完全に戦闘力を喪失した四人の敵の男たちだ。
装備も体もボロボロで、激しく傷ついている。
もはや意識すら失っているためか、エアとクローシェがすぐに拘束した。
「んお゛っ❤ よ、余韻が……わたしは、なにを……?」
「あーあ、アタシの出番が取られちゃった……せっかくいい戦いになりそうだったのに、不完全燃焼」
「わたくしも戦い足りませんわ」
「殺してないし、味方が誰も怪我をしてない。結果だけを見れば大成功だ。だが、これで良かったのか…………? これが戦いと言えるのか……?」
エアとクローシェは不満そうだし、敵の男たちはズタボロだし、ステラは今後戦闘を任せて良いのか不安だし……。
はたしてこのような結果を良かったの一言で片付けて良いのか。
渡は頭が痛くなってきて、全部ぶん投げてしまいたい気持ちになった。