目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第71話 ハノーヴァー騒動10

 がくり、がくりと男の首が揺れる。

 どろっと濁った、意思のかけらも感じ取れない目はうつろで、見ていて少し気持ちが悪かった。


 催眠の魔術、禁術などと言っていたが、知られたくない秘密を抜き出せるなど、たしかに恐ろしい話だ。

 ステラは杖を掲げたまま、優しい声を聞かせていた。


「心配はいりません。ここはあなたの心の中ぁ。聞かれる心配はありませんわぁ。それよりもぉ、大切な任務の内容に覚え忘れがないかぁ、確認しましょう?」

「あ、あぁ……任務の目的は、遺物の回収と、可能ならハノーヴァーの陥落……」


 柔らかな声に誘われるように、男は本来は一言も漏らさないだろう情報をボロボロと吐き零していく。

 そりゃ協定を結んで使用を禁止するわけだ。


 おっそろしい。

 俺も自分の秘密が全部ステラにバレちゃうかもしれないってことだろうか。

 そんなことになったらもう恥ずかしすぎて首をくくるしかなくなるぞ。


 マリエルたちには基本的に隠し事はしていないが、それでも幼い頃の黒歴史など、他人には絶対に知られたくない恥ずかしい話などいくらでもあるものだ。

 戦慄している渡の前で、ステラは甘く優しく、言葉の毒を注ぎ込む。


「そうよねえ。遺物の特に何を狙ってたのかしらぁ? 大切なことだから、しっかり思い出してぇ?」

「よく知らない。『白い光』と言ってた……」

「し、白い光ですってぇ?」

「ああ。白い光を必ず手に入れる……。それが目標。ほかはついで……」


 落ち着いたステラの声が一瞬乱れた。

 それでも魔術は途切れさないでいるあたり、術者として一流なのだろう。


 しかし、ステラが動揺する遺物ってどういうものなんだろうか。


「知ってるのか、ステラ」

「嘘か真か知りませんがぁ、たった一つで大都市が丸ごと壊滅させる代物です。白い光がパッと輝いたと思うと、ネズミ一匹生き残っていないとか」


 核爆弾みたいなものじゃないか。

 渡はことの大きさにヒヤッと背筋が冷えた。


 古代都市の人々の技術力はどれほど高かったのだろうか。


「どうしてそんな物を? 目的は?」

「新しい世を作るため。俺達も差別されない、理想の世界」


 夢見心地だった男の表情が、より陶然となる。

 何らかの使命を感じて作戦に出ていたようだが、男自身は白い光について詳しく知らないようだ。


 無差別に人を殺す兵器が、差別を許さない世界を作るとするなら、それはすべて息絶えた地獄絵図のような世界になってしまう。


「依頼人は誰かしらぁ?」

「依頼人は知らない。直接接触したこともないし、調べないように、調べられないように徹底的に距離を置いていた……。報酬をもらって不満もなかった」

「誰だか推測してみたことはありますよねぇ? 依頼人は誰だと思いますぅ?」

「……おそらくはリボバーライン王国のフクリー王子……」


 渡たちは顔を見合わせた。

 やっていることの規模から、相当な人物が関わっているだろうとは簡単に予想できたが、他国の小競り合い、といった様相から大きく変化してきた。


「大物が出てきたね」

「これ、他国からの侵略の色合いが帯びてきましたわ! 大事件ですの」

「モイー卿の警戒は正しかったわけか」

「とはいえ、証拠はありませんね。この男を活かして捕らえても、向こうは知らないと白を切るでしょうから」


 マリエルの言葉に、渡は思わず唸る。

 渡個人でどうこうできる話ではない以上、代官に、あるいはモイー卿に伝えて、後の難しい話は上でしてもらうのが一番だろう。


 貴族でも政治家でもない渡たちには荷が重い話だ。

 今回も成り行き上、襲われたからこそ対処しているだけで、本来は関わるべき内容ではなかった。


「もっと詳しい話を聞きたいところだが、このまま怪我を放置していて大丈夫か?」

「そうですわね……。武器や錬金術の付与は取り除いていますし、手当をしても」

「主、危ないっ!」

「おわっ!?」

「グッ……」


 突然のエアの警告。

 エアが渡の身を抱えたままその場を飛び退く。


 何がおきた、と思ったのも束の間、ステラによって催眠状態に陥っていた男の頭と首、腹に投げナイフが深く突き刺さっていた。

 男は瞬時に絶命したのか、もはや身じろぎもしない。


 おい、仲間だろう。

 どうして助けずに殺せてしまうんだ。


「オイオイ、アイツ、捕マッテ吐イチマッテルゼ」

「おっほ、手練れが三人も! オイラ楽しみだなぁあああ!」

「楽しみ過ぎて遊ぶんじゃねえぞゴラ! 俺たちゃ任務があるんだぞオラ!」

「知られたからには……一人も……生かして帰すな……」


 林の中から、どこからともなく四人の声が聞こえてきた。


 エア、クローシェ、ステラの三人が、渡とマリエル、ラスティを囲んで立った。


「クローシェ、ステラ、警戒。仲間の四人だよ。主たちには絶対に指一本触れさせない」

「こいつら本当に良い装備してますわね。わたくしの鼻でもほとんど気配が嗅ぎ取れませんわ!」

「うーん……ちょっと風を起こして、無理やり姿を現してもらいましょうかぁ。風の精霊さぁん、隠れんぼうの悪い人たちの場所を教えてぇ?」


 ステラが杖を構えて、精霊に問いかけた直後、猛烈な風が吹き起こり、木々の間に隠れていた男たちが、無理矢理にその姿を引きずり出された。


「ステラ、すごい……」

「無茶苦茶ですわ……」


 味方であるはずのエアとクローシェが唖然としていた様子が、守られている渡には少しおかしかった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?