エアの活躍は凄いのだが……。
なんというか、現実感のない光景だったな、と渡は思った。
目にも止まらぬ速さでエアが駆け、剣がビュン! 氷がシュバッ! 蜘蛛男の腕がスパーン! ぐわあああ! と悲鳴が上がる。
あまりにも一瞬かつどこかゲームじみた光景のため、うまく受け止めることができない。
作り物の、映画の中の世界の話ではないか、とすら思えた。
だが漂ってくる血の匂い。
すべての腕を失って傷口を押さえることもできない男のうめき声は、演技ではなく現実のこと。
男が呻き続けていたことで、ようやく現実だと受け止めることが出来る。
そして、目の前のするべきことが理解できてきた。
手当と、事情を聞くことだ。
「っと、どうした?」
「主、気を抜いちゃダメ」
「不用意に近づかないでくださいまし。こういう手合は完全に無力化しないと危険ですわ」
「まずは全身に着けている錬金術の道具を解除しないといけないんですよぉ」
「そ、そうか。悪い」
近づこうとした渡は、三者から言われて、圧倒されたように数歩後ろに下がった。
六腕すべてを斬り飛ばしておいて、なお警戒心に一切緩みがない。
放っておけば死ぬ怪我とはいえ、回復の手段が隠されている可能性も高いし、油断して近づいた者を道連れにする手段を持っている可能性もある。
防ぐ手段を持たない渡など、格好の獲物だろう。
男は渡が近づかなかったことに軽く舌打ちをした後、複眼をギョロリと動かして
「一体何が目的で俺を急に襲ったのか知らんが、渡すものは何もない……人違いで襲うとは、お前らが今話題になってる盗賊団か?」
「色々と事情を聞かせてもらいたいところだが、素直に話してくれなさそうだな」
「主、こういう奴は嘘の情報を吐いたりするから、そのまま鵜呑みにできないよ。拷問しちゃう?」
「ポーションも予備がありますし、先端から膾切りにしていけばいつか折れるんじゃありません?」
「ご、拷問かぁ……」
こいつはマリエルとクローシェを罠にハメて殺したやつだ。
実際にはあり得た未来の光景であり、助かったとはいえ、渡にとっては非常に憎い。
それでも中途半端に現代日本人としての倫理観を持っている身とすれば、喜んで拷問しましょう、とは言えない。
背中を踏みつけられ、慎重に錬金術の付与の品を剥ぎ取られた男が、渡たちを睨む。
これほど追い詰められて、なお目だけは殺せそうなほど強く力を持っていた。
「俺は拷問されても口は割らんぞ。いきなり問答無用で襲ってきやがって。俺が何をしたってんだっ!」
「あぁぁぁ、そういうのは良いんでぇ……正直、敵のそういう姿は見慣れてるんですよぉ。大丈夫ですぅ、話したくさせてあげますからぁ」
「はぁ? な、なにを……お、おい、なんだその杖ッ! 明らかにやべぇ代物じゃねえかっ……!」
おっとりとしたステラが前に立つと、杖を構えた。
柔らかな弧を描く目が、今は虫を見る如く冷たい。
風竜の鱗を使った魔導杖が、ふわあっと柔らかな風を起こした。
「おもいだした……爆乳エルフのすて……ぁ……」
それまで険しい表情を浮かべていたアラクネの男が、困惑し始め、少しずつ恍惚とした表情を浮かべ始めた。
「うおっ、おっ、おお? お、おぉ…………?」
酩酊したようにも思える不明瞭な声を上げ、苦痛の表情が完全に抜け落ちる。
そして強い敵意を宿していた複眼がとろんと溶けていく。
光を失い、ドロッと濁った。
かと思ったら、次の瞬間にはもがれた体をビクビクと震わせ、恍惚として声を上げ始める。
「あっ!? っ!? うォッ!? うひっ……アヒャヒャッ!」
「完全に術にかかりましたねぇ」
「ス、ステラ、これは?」
「催眠魔法ですぅ。今は深い催眠状態ですからぁ、好きな情報を抜き出せますよぉ」
「お、おう。ご苦労様。……これ、あとで大丈夫なのか?」
「さぁ……どうでしょう。フフフ……どう思いますぅ?」
あ、ステラも地味に激怒状態じゃん。
普段いつもゆったりふんわりとしているから、全然気づいていなかった。
そういえば、長年戦場の最前線で、後ろから仲間に狙われかねないような極限状態で戦い続けた戦士なのだ。
ただただ優しいだけで生き残れるわけがない。
包みこんだ外面の内側には、激しく重い、確固としたものを抱えている。
良く見ればメラメラと瞳の奥が怒りで燃え盛っているようだった。
いや、マジで怖いな。
絶対に怒らせないでおこう。
「ステラ、催眠魔法なんて使えるの? あれは禁術じゃなかったっけ」
「正式には、国同士の取り決めで禁止されてるに過ぎないんですよぉ。わたしたちエルフは王国と敵対してましたしぃ、そもそもこの人は今のところ、盗賊の捕虜じゃないですかぁ、だから問題ありませんよぉ」
「そ、そう。そうかな……」
「そうですぅ」
あの飄々としているエアですら、今はタジタジになっている。
なんとも言えない空気が流れるなか、ステラだけはいつもの柔らかな微笑を保ったまま、渡に言う。
「さぁ、主様ぁ、ぜんぶぜーんぶ、聞き出してしまいましょう」