城郭都市において、その大きさは経済力に比例する。
何が言いたいのかといえば、マリエルたちの運営していたハノーヴァーの領都は相当に小さかった。
「宿の女将さんは傭兵や兵士っぽい宿泊客はいないと言ってたな」
「はい。代わりに裏路地の宿屋の主人が、五人ほどの変わった客が泊まっていると教えてくれました」
本来宿泊客の情報などは外部に漏らすものではないだろう。
だが、マリエルたちの一家が領主であったことと、誠実な運営をしていたことが、ここで活きた。
自分の身を犠牲にしてでも領地のために生きたマリエルなら、もはや貴族ではなくなったとはいえ、悪い使い方はしないだろう、と情報を教えてくれたのだ。
実際に放置しておけば騒動を起こすのだから、その判断自体は間違っていない。
「五人か。結構多いよな……大丈夫かな?」
「アタシとクローシェとステラがいれば、その程度は大抵の場合は余裕じゃない? 遺跡だってクローシェが触らなきゃ、ガーディアンも出てこないんでしょ?」
「ゼイトラム様の未来予測はまず確定的です。歩む道が違えば、クローシェさんはおそらく起動させてしまうのでしょう」
「わ、わたくしは知りませんわ! 身に覚えがありませんもの! ひどい濡れ衣ですわ!」
クローシェが憤慨していた。
今のクローシェからすれば、したことのない失態を責められているわけだから、その反応も致し方なし、といったところだろう。
だが、これまでのクローシェの数々のやらかしを見てきている近くの者からすれば、まあやりかねないよな、と納得してしまう説得力があった。
一行は先頭はクローシェが務めている。
鋭敏な鼻を中心に、優れた感覚で索敵。
最後尾がステラで全体の護衛。いざという時は魔法を使えるように、杖を構えて即応状態を保っていた。
一番の戦闘力を誇るエアは、渡の横で攻撃と守備のどちらも状況に応じて動いてもらう。
渡とマリエルは本来どこかに潜んでおいた方が良いのだが、不特定の敵が町中に侵入している状況ということもあって、別行動は難しかった。
近くにゲートもないため、一時的に避難する、ということも難しい。
クローシェ一人ならば、守りながら戦うのに無理が生じるが、三人も戦える者がいれば、守りつつ反撃できるはずだ、ということで、渡たちも一緒に移動していた。
なお渡とマリエルは、これまでの日々で手に入れた隠密系と身体能力向上系の付与の品を多量に装備した状態だ。
一行は急ぐことなく、警戒しつつ子どもたちの遊び場、かつ古代遺跡に向かった。
しかし、特にエアの隠密行動は凄まじいの一言だった。
すぐ隣りにいるはずなのに、本当にいるのかどうか何度も確認しなければならない。
足音をはじめとした、気配を感じられる衣擦れの音すらもまったく聞こえてこない。
一体どういう歩き方をしているのか。
「いましたわ……」
「これは凄いね。事前に潜んでる敵がいるって知ってなかったら、気づかなかったかも」
「木の葉ずれの音がするのに不自然なまでに気配を感じないので、気持ち悪いですぅ……」
それぞれ、相手の潜伏技術に感心している。
それだけ優れた敵が相手にいるのだ、渡はどう対処すればいいか分からないが、とにかく指示されればすぐに動けるように、心の準備だけはしっかりと整える。
しかし、そうか、ステラはエルフだ。
長い耳は森の音を的確に捉えている。
さらにエルフといえば森の民。
その特殊な体型のため、種族から迫害されていたとはいえ、その血の優れた点は間違いなくステラにも流れているのだ。
渡の未来予知と、潜んでいた場所はほとんど同じ。
近くに潜んでいたところを、スウェルやマリエルたちが近づいたことで場所を移動した、ということだろうか。
手入れのされている防風林の中に、ソイツはいた。……らしい。
渡にはまったく分からない。
たまに迷彩服を着た人が潜んでる写真を見て、どこにいるでしょう? みたいなクイズされてるわけじゃない、指さして答え合わせまでされているのに、まったく分からない。
いや、本当にいるの?
みんなして俺を騙してない?
疑心暗鬼になっている渡の横で、クローシェが唸った。
「相当に高価な隠密系の付与の品を使いつつ、本人も優れた技量を持っていそうですわ」
「まあ、そういう奴は表に引き出しちゃえば、案外楽に倒せるけどね」
「わたしが遠間から一撃いれて、誘い出しましょうかぁ?」
「いい、アタシが近づく。何かあったらカバーして」
ずいっと前に出たエアが、じっと渡の目を覗き込んだ。
「主、良いよね?」
「ああ、思う存分、コテンパンにしてくれ」
「ん、別に可愛くはないけど、妹分をいじめた奴はアタシが制裁してやる」
そう言ってエアが凄絶な笑みを浮かべた。
刃のように鋭い歯がギラリと光っているように見える。
なるほど、普段は飄々としていても、エアは間違いなく虎の獣人だった。