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第67話 ハノーヴァー騒動6

 突然の状況に、渡はいまだ混乱していた。

 特にマリエルとクローシェの二人の死はあまりにも生々しく、感情を激しく揺さぶられてしまい、平静を保つのが難しい。


 思わず涙ぐんでしまい、袖で目をこすった。

 あれは、なにかたちの悪い白昼夢だったのだろうか。


 あまりにも生々しく、夢だとも思えない。

 本当に、現実に起こったことなのだ、という実感があった。


 部屋に案内された渡は、椅子に腰掛けて脱力し、自分に落ち着けと何度も言い聞かした。

 その間も、マリエルとクローシェを軽く抱きかかえているため、二人は戸惑い、気恥ずかしそうにしていたが、構うものか。


 もしあれが実際に起きることならば、なおさら冷静にならなければならない。

 目に見えない所で何らかの脅威が潜んでいるのだ。


「ワタル様、ショックを受けているようですが、ゼイトラム様から神託が下ったのではありませんか? 内容を話し合ったほうがよろしいでしょう」

「それは……そうですね。あれは、一体なんなんです?」

「さあ、わたくしめには分かりません。ただ神気が感じられたため、何らかの関与があったのでは、と思っただけです。よければ話をお聞かせくださいませんか?」

「分かりました」


 渡は自分の身に起きたことを端的に話した。

 特に場面が切り替わったように、意識が戻ったことについては、いまだに訳が分からないため、困惑していることも伝えた。


 驚きを露わにしたのが、クローシェとマリエルだ。


 どちらもまだ体験していないこと、おまけに死んでしまうなどというショックなことを聞かされれば、驚きもするだろう。

 そして、話を聞いたラスティが納得しながらも、どことなく興奮したように、やや早口になった。


「それは『未来予知』です。時を司るゼイトラム様の代表的な権能の一つですが、今から起こり得る可能性が非常に高い未来をワタル様に見せることで、注意喚起されたのでしょう」

「わ、わたくしが死にますの!?」

「……私、まだ死にたくありません。ご主人様と出会えてはじめて恋を知って、領地もこれから栄えそうな時に死ぬなんて絶対に嫌です……っ!」

「俺も死んでほしくない! 二人を失う光景を見て、本当に胸が引き裂かれるような気持ちだった。だから、今すぐ追うのは止めてくれ。勝手なことを言うようだが、頼む」

「主様……わ! わたくしも主様と一緒にいたいですわよ?」


 抱きしめられたクローシェが照れた様子で目を泳がせる。

 マリエルもギュッと抱き返してくれた。


 二人の温もりが、生きているという実感を与えて安心できた。

 強張っていた体が、ゆるゆると緩む。


「挟み撃ちされたからってボロボロになってるとか、まだまだ修行が足りないね、クローシェ」

「クッ! お姉様、わたくしはそんなポンコツには負けませんわ!」

「ざーこざーこ」

「むきー! わたくし、実際に戦ってませんのよ? そこまで言われる筋合いありません!」


 楽しそうにからかうエアと、ムキになって怒るクローシェの二人を見ていると、本当に、ホッとする。

 いつもの日常が戻ってきたようだった。


 あと、一番クローシェが死んだことにショックを受けていたのはエアだったんだけどな。


「ワタル様」

「なんでしょうか?」

「ゼイトラム様が『未来予知の神託』を行うのは、例こそあるものの非常に珍しいことです。基本的には未来や過去の改変を望まない方ですから、軽々しく次があるとは思わないようにしてください。よほどこの地において、看過できない状況に陥る可能性がある、ということです」

「分かりました。肝に銘じます」

「考えられるのは遺跡内部の遺物でしょうか?」

「あるいは、その遺物を利用しようとしている組織を阻止したいのかもしれません」


 マリエルの冷静な予想に、ラスティが頷いた上で、別の可能性を提示した。

 渡にとってみれば、二人を失う未来を回避できるならばそれが一番だ。

 手段は何でも良い。

 マリエルとラスティが考えて対策を練ってくれるなら、それでも構わなかった。


 しかしそうか、二度目はないと考えたほうが良いのか。

 今後、日本でも諜報活動が活発化しそうだし、身の安全はもっともっと慎重に考えても良いかもしれないな。


「非常に高度に発達した社会があったそうですが、あるいはそういった古代兵器や機器がこの地の遺跡にはあるのかもしれません」

「そんな遺跡があるなんて……ちょっと実物を見ないと信じられません」


 渡の未来予知の場面でも、マリエルたちはまったく遺跡について把握していなかった。

 そもそもこの遺跡は、王国も把握してないのではないだろうか。


「で、マリエルはスウェルを追いたいのか? もしそうなら、全員で行動するようにしたい」

「そのスウェルって子が遺跡に行ったのって、マリエルたちが追ったからなんでしょ。放っておけばいいじゃん。しばらくそこらで頭を冷やしたら、冷静になって帰ってくるって。それよりもアタシは、弓で奇襲してくるような奴が、この町に潜んでるってことのほうが重要なことだと思う」

「待ち伏せからの奇襲攻撃は厄介ですけど、わたくしが警戒していれば防げるはずです。話を聞く限り、気づいてないんですのよね……。相当な手練れかつ、周到な対策をしているのかも」

「スウェル君のことは、正直気にはなるんですけど、でも私も自分やクローシェには代えられません。無事だと良いんですけど……」

「その弓手、話の伺う限り相当な遣い手のようですわぁ。弓が使えるなんて、羨ましい話ですぅ」


 ステラが自分の豊満な胸をムニムニと揉みながら、羨ましそうに言った。

 ステラは胸が大きすぎるために十分に弓を引けなくなったから、未練が残るのかもしれない。


 が、バルンバルンと揺れ動くそれはとても貴重なものだ。

 それを捨てるなんてとんでもない!


「この宿は、宿泊客の大半が利用するんだろう? 出る前に、先に怪しい人がいなかったか聞いておこう」

「ご主人様、もしかすると裏通りの小宿を利用しているかもしれません。いくつか宿泊費の安いところがあるんです。人目を避けたければ、そちらを利用する可能性は高いかと」

「遺跡と、襲撃者の調査、場合によっては戦闘になって、撃退することになるかもしれない。慎重に動こう」


 俺は、マリエルをクローシェを殺したやつを許せそうにない。

 まだ起きていない未来のこととはいえ、感じた辛さ、悲しみは本物だ。


 手を出そうとしたことを後悔させてやる。


 渡たちは頷くと、宿に話を聞き、外へと出た。


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