二本の超高圧スタンガンがクローシェに直撃した。
一つは頭部に、もう一つは腹部に喰らい、凄まじい電気が体中を巡る。
バチバチバチッ! という凄まじい音が遺跡の中を響き渡った。
「ギャアアアアアアアアアアアッ!!」
「クローシェ!?」
マリエルが引きつった声を上げ、思わず危険も顧みずにクローシェに走り寄った。
過剰な電流によって筋肉が収縮し、蹲るクローシェに、ガーディアンたちは血も涙もない追撃を加える。
『制圧! 制圧!』
「ギャッ! ガッ、アガッ…………あるじ、さま……おね、……さま……」
ブスブスと焦げるような音と香ばしい臭い。
高圧電力によって皮膚が焼けただれ、目や耳から出血したクローシェが、ごぼりと血を吐きながら、末期の声を出す。
沸騰した血が流れ、涙のように筋を作った。
クローシェが、ピクリとも、動かなくなった。
『制圧完了! 心肺停止を確認!!』
『死亡確認! 確認! 敵勢力を一体倒しました!』
「そんな……うそ、うそよ……そ、そうだ、ポーション、ポーションをかけないと。あ、ああ……クローシェ、ああ」
不慮の事故など、いざという時のために、一人一つずつ、急性治療ポーションを携帯していた。
マリエルは蒼白になりながらポーションを取り出そうとするが、あまりの動転に手がうまく動かない。
ポーチを開けるだけの動きが遅々として進まず、焦りが益々募る。
はっ、はっ、はっ、と短い呼吸を繰り返す。
視界が急激に狭くなるようだった。
『制圧を続けます!』
『残り生存者三名! 制圧、制圧!』
「うわあああああああああああああああっ!? いやだっ、死にたくない!」
「スウェルくん!? そっちに走っちゃダメっ!」
ガーディアンの頭部がマリエルとスウェルに向き直ると、恐怖にかられたスウェルが、マリエルを置いてその場から逃げ出した。
マリエルが手を伸ばして制止しようとするが、狂乱状態に陥ったスウェルの耳には届かない。
遺跡の出口に向かって走り出したスウェルだが、逃走は成功しなかった。
「ガッ……!?」
ヒュッという風切音。
四度目の矢が、的確にスウェルの首を貫いた。
頭を乱暴に殴られたように首が傾げ、ザザッと滑るようにしてその体が地面に投げ出される。
そのまま動かなくなった。
平坦な機械仕掛けのガーディアンが、無情な報告を響かせる。
『生存者二名! 死亡確認!』
『確認確認!!』
「やだっ、うそっ、誰か、ご主人様、エア、ステラ、お願い、助けてっ! クローシェを助けてっ!! スウェルくんを!」
マリエルはようやく引き出したポーションをクローシェに振りかけたが、その体が再び動くことはなかった。
「クローシェッ! どうして効かないの? お願い、クローシェ、立って、立ってよっ!」
『制圧します!』
『制圧します!』
「あ、ああっ、ああああッ!」
半狂乱に陥るマリエルの背中にガーディアンが迫る。
しとしとと雨が降っていた。
黒ぐろとした雲が天を覆い、昼間だというのに辺りは薄暗く、吹き付ける風に肌寒い。
天が泣いているようだ、と渡は思った。
墓地には多くの人々が集まっていた。
参列者たちはみな黒い服を着て、言葉もなく沈痛な表情を浮かべている。
ハノーヴァーの広い墓地に、数多くの参列者が集まっていた。
渡の知る顔はほとんどいないが、マリエルを慕う領民たちがどうしても参加したがったのだ。
どうして異世界だというのに、種族さえ違うのに、葬式に黒い服を着るんだろうか、などと取り留めのないことを渡は考えていた。
思考が茫洋としていて、うまく焦点が合わない。
正直なところ、何がなんだか分からなかった。
並べられた棺桶の前で、修道院服を着たラスティが話し始める。
彼女も当事者であるというのに、落ち着いた声だった。
「故人、クローシェ・ド・ブラドは常に勇敢で正義心に溢れた戦士でした。一族のため、守るべき人々のために果敢に戦いました。優しく強く、傭兵としてその生をまっとうしました」
「故人、マリエルは慈愛に満ちた女性でした。常に領地の繁栄を考え、その身を対価として奴隷となった後も、故郷ハノーヴァーの地を少しでも豊かにできるよう全力を傾けました。また主人であるワタルを助けるため、能力のすべてを惜しみなく注ぎました」
「故人、スウェルは優しい少年でした。騎士として領民を守るために努力し、日々の訓練を絶やしませんでした。善き息子であり、両親の助けを惜しまない少年でもありました」
ラスティが目を瞑る。
落ち着いた声が、わずかに震えた。
「彼ら、彼女らの魂が天上に迷いなく導かれ、死後の安息を得られるよう、皆様お祈りください」
参列者たちが手を組み、あるいは膝をついて、祈りを捧げた。
渡は棺桶を見ていた。
棺桶の中には、マリエルが、クローシェが遺体となって納められている。
こうして納棺の日を迎えてなお、渡には実感が湧かなかった。
本当に?
本当に死んだのだろうか?
実は今すぐにでも、マリエルの柔らかな笑みと声で、クローシェのやかましい高笑いで、びっくりしました? ドッキリ大成功です、などと驚かせてくれるのではないか。
そんな想像を繰り返したが、結果は変わらない。
「バカだよクローシェ……。生き残るのが傭兵の仕事じゃん……。マリエルも追わなきゃ良かったじゃん。なんで、ふたりとも死んでるんだよ……バカ……」
誰に聞かせるでもない、独り言のような小さな声で、エアがつぶやいた。
いつも天真爛漫さを讃えた瞳が暗く濁り、潤んでいた。
あの日のエアは恐ろしかった。
怒りに身を任せ、ありとあらゆるものを殺す殺戮者となって、傭兵の一部隊を鏖にしたのだ。
傭兵も、遺跡のガーディアンも、相手にならなかった。
「なんであの時、マリエルとクローシェだけを行かせたんだろうな……」
「あるじ……」
「俺達は普段、いつでも一緒に行動してたのに。どうしてか、あの時に限って別行動をして……結果、俺は大切な人を二人も失った。俺の判断ミスだ。モイー卿に気をつけろって言われてたのに」
「ううん、それを言うならアタシもそう。クローシェなら大丈夫って思い込んでた」
「貴方様、あまり自分を責めないでください。あの状況で、そんな先のことなど予想できません」
「あの時……あの時にマリエルを無理矢理にでも命令して止めてれば……!」
血を吐くような激しい後悔に、渡の体が震えた。
握った手から血が流れ出るが、痛みなど感じられない。
死んでしまった二人は、もう痛いとすら思えないんだぞ……!
チクショウ……!!
……。
…………。
………………。
「そうかい。残念だねえ。それでもあたしは、マリエルちゃんとまた会えて嬉しいよ」
宿の女将は心底から嬉しそうに言った。
対して、スウェルは不安そうな表情を浮かべた。
「ワタル様?」
「………………? ハッ!?」
ふと見れば。
「……へっ、結局は全部間に合わなかったんじゃねえか! 体を売って無駄なことして、結局は奴隷になっただけか。嘘つき!」
スウェルと呼ばれた少年が吐き捨てると、チラッとマリエルの表情を伺い、すぐに顔を背けた。
宿の女将がキッと睨みつけるが、スウェルは気にした様子もない。
なんだ……?
何が起きてる……?
ラスティが渡に近寄って、そっと袖を引っ張った。
「もしかして、神託が下りたのではありませんか? ゼイトラム神の神気を感じます」
「神託……?」
ぼんやりとしていた。
ここは、ハノーヴァーの宿屋……?
「ふん、どうせ今日ここに来たのだって、一時的なもんだろ。すぐに帰るんだ。知ったこっちゃねえよ!」
「あっ、待って」
スウェルは荒々しく言葉を吐くと、それ以上この場にいたくないとでも言うかのように、扉を開けて走り去っていく。
マリエルが悲しそうに手を一瞬伸ばしたが、その手がゆるゆると落ちた。
見た覚えのある光景だ。
神託……?
ラスティが真剣な目で渡を見つめていた。
「ワタル様、神の声に耳を傾けてください」
「ほっといたら良いんだよ。まったく手伝いもしないで失礼なことだけするんだから。ごめんなさいね。部屋に案内するんで、付いてきてもらって良いですかい?」
「…………」
「大丈夫ですかい? 真っ青な顔してますけど。早く休んだほうが良いんじゃないですか?」
「あ、ああ。案内はお願いします。休むのは結構。大丈夫です」
女将さんに案内され、宿の階段を上る。
待て、何が、何が起きてる。
マリエルがいて、クローシェがいる。
二人が、いる!?
「マリエル、クローシェっ!」
「は、はい!?」
「ど、どうかしましたの!? すごい顔されてますわよ?」
思わず人前だというのに叫んでしまった。
二人を抱き寄せると、突然の奇行に、マリエルとクローシェは戸惑ってみせた。
エアやステラも驚き、宿の女将は目を見開いている。
ラスティだけが、なにかに納得していた。
何がなんだかわからないが、構うものか。
二人が今、ここにいる。
抱きしめて感じられる感触。
二人とも戸惑いながらも、間違いなく生きている。
絶対に、失ってたまるものか。