クローシェは、度々の失態から侮られがちだが、その基礎能力自体は非常に高く優れている。
矢のガーディアンに当たった箇所と方角、そして周りの地形、そして臭い。
それらの情報から、すぐさま潜んでいるであろう弓手の位置を割り出した。
クローシェは振り返ると、弓手のいる方角を指さして警告する。
「矢はそちらから射掛けられました! 遮蔽物に身を隠しながら、出入り口まで退避してくださいな! でも出ないこと! 矢の追撃が危険ですわ! おそらくは毒矢ですの」
「クローシェはどうしますっ!?」
「わたくしがガーディアンを押さえます! お二人は戦闘に加わらないで、かえって邪魔ですわ!」
「分かりました。お任せします」
「そんな、危険じゃねえのか!?」
「はっ、騎士見習いのおこちゃまと一緒にしないでくださいまし、わたくしはこれでも一人前の傭兵ですの。それにちゃんと武装もしてますのよ」
突然の奇襲に居竦まれるのが一番危険だ。
それならば怒らせてでも、動かしたほうが良い。
せいぜい嫌な女に見えるように、いかにも見下したような態度をスウェルに取りながら、クローシェは腰から二本の剣を引き抜いた。
こんな時にお姉様がいれば心強いのに。
いえ、弓手の正体が分からない以上、主様の側に護衛がいて良かったと思ったほうが良いですわね。
一番の最悪事態はなにか。
襲撃者が分断していた上で渡が捕らえられたり、殺傷されることだ。
エアとステラが揃っていれば、渡の安全は確保されたも同然。
悪い事態ではあるが、最悪ではない。
あるいはエアとステラが周りを制圧すれば、こちらに救援に来てくれる可能性も十分に考えられる。
「まっすぐに向かって、すぐっ、急ぎなさい!」
「スウェル君、走って!」
「あ、ああ……負けんなよ」
ならばするべきは、ガーディアンとの戦いを即座に勝利し、増援の可能性を減らすこと。
奇襲を仕掛けて場を混乱させた存在を特定し、これ以上の介入を防ぐことだ。
ガーディアンが想定よりも強かった場合は、戦闘を長引かせて救援を待つ。
戦場から撤退できる状況が生まれれば、即座に離脱する。
だがこれは相当に難しいだろう。
緊急事態を前に、クローシェの思考はかつてないほどに澄み渡る。
視界の先、二体のガーディアンが迫ってきていた。
重たそうな金属質の体からは考えられないほどの素早い加速。
みるみるうちに距離を詰めてくる。
手には警棒を持っていて、紫電をまとい非常に凶悪。
オゾン臭を鋭敏な鼻が嗅ぎ取った。
普通の鎮圧に使って良い武器ではない。
古代人はこんな武装を鎮圧に使うぐらい強かったのだろうか。
まともに打ち合うのは得策ではなさそうだ。
そう判断したクローシェはわずかに身を落とし、双剣を上下に構えた。
天地二刀の構え。
長年の研鑽で体に染みついた必勝の構えだ。
攻撃が激しければ左右双剣で受けにまわり、隙があるならば片手で防いで、もう片手で逆撃をかます。
人の視野は左右に広く上下に狭い。
すぐさま反応できるように、剣を上下に備えた構えだ。
護衛対象がいる以上、クローシェはあまり縦横に動き回れない。
おまけに帯電した相手の武器と直接打ち合うのはかなり危険。
部隊で戦闘を避けるように言われたのはこれが理由か、と納得した。
「アオオオオオオオオオオオンッ!! 来なさい埃の被った時代遅れのデカブツ! 汚らしいんですの! 黒狼族の戦士クローシェが叩き潰して見せますわ!」
『威嚇行動を検知。優先的に鎮圧します』
『排除します』
「クローシェ、危ないッ!」
クローシェの四肢が魔力によって急激に強化され、ビキビキと収縮した。
神速の踏み込みと共に左の剣が振り切られ、右の剣が防御に使われる。
衝突は一瞬。
ガオンッ! という激音とともに、一体のガーディアンが弾き飛ばされる。
「くっ、仕留め損ないました……なんて硬さ」
ジンジンと痺れて感覚を失った手に、クローシェは顔を歪めた。
確実に刃筋を立てた渾身の一撃だったが、ガーディアンの装甲を切り裂くには至らなかった。
表面が凹み傷ついているが、停止には至っていない。
『警戒レベルを上げます。鎮圧から生死不問、殺傷許可へと引き上げます。警告します。すぐさま武器を捨て投降しなさい。繰り返します――』
「投降した所で、あなた達の管理者はみんなくたばってますわ! ねぼすけが過ぎますわよ」
ガーディアンの持つ警棒の電圧が、はるかに強くなっていた。
クローシェは強化した肉体で激しく動き続けて、かろうじて警棒を躱し続ける。
警棒に触れないように、剣先を巧みに使い分けて、ガーディアンの四肢を打っていなす。
直撃を避ける、あるいは両者の立ち位置を工夫して、同士討ちを警戒させて掻い潜る。
大立ち回りができない以上、クローシェは二対一を強いられていたが、それでもギリギリの均衡を保ち続けていた。
「す、すげえ、あの姉ちゃん。なんて動きだ」
「ちょっとだけ
「ちょっと、聞こえておりますのよ! わたくしは本当に何もしてませんでしたの! だいたい他の人がっ、バシバシ触れてて起動しないのに、わたくしがちょんと触れただけで動くなんて、おかしいですの! きょわっ!? 危ないですわね!」
マリエルのしまらない評価を耳ざとく聞きながら、なお防御と反撃を行えるのは、クローシェの研鑽の賜物だろう。
それでもクローシェはギリギリだ。
可能ならば初手で一体を確実に無効化しておきたかった。
頭部を傷つけたために、わずかながらもセンサー類の精度が下がったのは運が良かった。
主様が刻んでくれた時を操作する文字も、敵の表面が硬すぎるせいで使い所がないですわ……!
こんなことならステラの杖の時に、わたくしも逸品物をおねだりすれば良かったですの。
わずかな戦闘で途方もない消耗を強いられ、本来なら延々と持久走を続けられる無尽蔵のスタミナが削られる。
息が切れ、全身から汗が噴き出た。
手の痺れは消えず、反撃の糸口は掴めず、防御に専念させられている。
だが、事態はここから更に悪化した。
再度の射撃攻撃が行われたためだ。
ここぞというタイミングばかり、いやらしい……!!
かろうじて保たれていた均衡が、再度の矢の襲撃によって、クローシェにさらなる負担をかける。
強固な外装を持つガーディアンと違い、クローシェは矢を避けなければならない。
さらに矢の狙いは、クローシェのガーディアンの攻撃を避けた先、絶妙にいやらしい場所だった。
わずか一手が加わっただけで、均衡はもろくも崩れ去る。
回避と防御に取れる選択肢が一つ減り、一手毎に回避先が潰されていく。
余裕のなくなったクローシェの表情が、必死を前に張り詰めながら、それでもクローシェは足掻いた。
「わたくしはっ! 負けませんわっ! 生きて、元気にマリエルと、主様のもとに戻るんですのっ!」
諦めには程遠い。
死のその瞬間まで、クローシェは生き足掻くことをやめないだろう。
顔に迫った警棒を、体をそらすことで避け、もう一方の攻撃を宙返りすることで更に回避。
長い黒髪と尻尾が踊るように宙を舞う。
避ける、避ける、避ける!
鬼気迫ったクローシェの回避行動だったが、奇襲の第三者がそこに矢を打ち込んだ。
「しまっ!?」
『鎮圧! 鎮圧!』
『まず一人排除します!』
「クローシェッ!?」
バチバチと紫電を纏った警棒がクローシェに迫る――――。